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運び屋【感想・レビュー】/イーストウッドの老境は、格別。 


 運び屋
 運び屋
 (2019年 アメリカ映画)  
 89/100点



大傑作ですよ。

予告編に漂う空気感に比べると、本編は「ノリが軽い」と聞いていたんですが…。個人的には、イーストウッドが積んできた歳月の重みを、ずっしりと感じる映画だったものです。

確かに、イーストウッド演じる主人公:アールは、軽妙なんです。

悪漢に恫喝されてもビビらず、「オレは戦争に行ったんだ。お前なんか怖くない」と澄ましてみせます。

危険なブツの運搬中も、鼻歌まじりでご機嫌です。おまけに、商売女を二人同時に相手にする「性豪」っぷり。

もめ事の最中に、リップクリームを塗り塗りした時は、まいったね。

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だけど。

その顔に刻まれた、皺の深さよ。

この彼の「落ち着き」
決して、ノーテンキだからってわけじゃない。いろんなものを抱え、困難を突破してきた人生あってこその、たどり着いた「達観」だと思うわけ。

彼のこれまでの人生を想像できて、何だか…敬意を払いたくなる気がしたものです。もちろん、生きるレジェンドであるイーストウッドが演じているからかもしれません。もし蛭子能収だったら、「ちゃんとしろやー!!(# ゚Д゚)」ってめちゃくちゃ言ってるかも。

で。

アールは、「家族」に対してうしろめたさを持っていると語られます。アールは娘の結婚式を丸無視するほど、競輪に…じゃなくって、デイリリーという花の栽培に夢中でした。そんな人なもんで、彼はものの見事に、太川太陽に…じゃなくって、娘や妻に嫌われています。いったん、蛭子能収 のことは忘れましょう(当たり前)。

けど。

なんとなくアールの気持ちが分かってしまう…。セレモニーに興味を持たない人っているんですよ。かくいう私も、そうだもの。そこに、合理的な意味を見出せない…っていうか。

だって、結婚式なんか立派にやったって、それから始まる結婚生活には何ひとつ影響はないんだよ。

だから。
は? 式? 別にワシが行かんでも困りゃせんじゃろ…、と思ってしまうアールに、ちょっと共感してしまうのでした。

別に、本当に家族を捨てたわけじゃないし、もう少し大目に見てあげられないものかと思ったものです。それにしても、父親を嫌うその娘役を、イーストウッドの実の娘が演じるっていう自虐的な皮肉が、素敵ですね。

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で。

本作は、「職を失ったのをきっかけに、アールが驚くほど稼げる『コカインの運び屋』になる」っていうお話。

普通、コンプライアンス的にNGです。コカインで捕まった役者の出演作が公開危機になる昨今に、「コカインを運んで大金を稼ぐ男の映画」って。

おまけに、彼が悪人と描かれることはありません。誰かの病気の治療代の為とか、そんな大義もありません。せいぜい、友達の店を修繕してあげるくらいの使い道。裏仕事に関わるアールの動機は、確かに「軽い」んです。

目くじらをたてる人もいそうです。彼自身が薬物を使用する場面はないけれど、彼が運ぶコカインによって、多くの中毒者が生まれ、マフィアの資金となるわけだから。

けれど、アールには、そんなこと知ったこっちゃないのでしょう。晩年も晩年のじじいに、コンプライアンスもクソもない。誰がどうなろうとも、関係ない。ただ、他に仕事がないからやってるだけ。そういうアールの気持ちが、何だか分かるんですよねえ…。小市民な意見だけど、自分の目に見える半径を守るだけで必死な者にとって、人生なんてそんなもんです。

それでも、じじいだからって許されない! と言うならば、内田裕也にも同じこと言えんのか。

だから。

アールは、コカイン運んでいる最中に寄り道するする。もう怖いものなし。きっとニトログリセリンを運んでいても、「タイヤがパンクしたのかい?」と気さくに話しかけてくるに違いありません。こっちに寄ってくんじゃない!!

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というわけで。

全てを「達観」したようなアールの様子に、私はとても感激したのです。黒人を「ニガー」と呼ぶことを注意されても、「ああ…そうなんじゃなあ」と柔らかに受け止める姿は、もはや笠智衆の域。

彼がそんなもんだから。
「寄り道すんじゃねえよ!」とアールを怒りまくっていた監視の男さえ、結局一緒にランチしてるんだから、もう最高。

ただ。

ちょっと変だと思うのは。
カバンの中身を開けなくたって、あんなヤバそうな奴らの荷物だもの、おおよそ「激ヤバなブツ」だって予想できたはずでしょう。ここはアールには、「ふふ…、やっぱりじゃ」くらい言ってほしかったな。知らなかったから仕方ないと免罪させる描写は、白々しいかなあ。

最後、彼が良い恰好で終わってしまうのも、都合が良過ぎる気がします。もし北野映画だったら、彼の罪を許さないでしょう。きっと、結局独りぼっちのまま終幕を迎えさせると思います。

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それでも、まあ…、イーストウッドの積年の渋みが、不思議な説得力をともなって文句を言わせません。とにかく、やっぱりカッコいいもの。さすがに老けたかなと思わせといて、女性と一緒の場面になると、急に顔つきがツヤツヤになるから恐ろしい。

逆に、マフィアのボスを演じたアンディ・ガルシアには、時の流れの残酷さを感じたなあ。(ショックなくらい一気に老けたね)。

ということで。
決して蛭子能収では達しないであろう、イーストウッドの神々しい老境が拝めます。

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Posted on 2019/03/31 Sun. 13:35 [edit]

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