素人目線の映画感想ブログ

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グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち そこへ旅立つんかい! 


グッド・ウィル・ハンティング~旅立ち~ [DVD]
 グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち
 (1997年 アメリカ映画) 85/100点


たまには、やや古めの映画を。
ということで、本作は、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのマット・デイモンとベン・アフレックが、若かりし頃に共同で脚本を執筆し、ガス・ヴァン・サント監督が映像化した青春映画の金字塔です。
アカデミー賞では、共同執筆の二人には脚本賞を。キーマンであるカウンセラーを演じたロビン・ウィリアムズには、助演男優賞が与えられたのでした。

主演もマット・デイモンがこなし、その友人役をベン・アフレックが演じています。

と、まあ、有名な映画ですから、誰もがご存知のことと思います。
あまりに有名だと逆に見る気が起きない、という天の邪鬼もあって今まで未見でしたが、今回初めて鑑賞した次第です。


(完全ネタバレで書きます)


あらすじは、「マサチューセッツ工科大学校舎で、清掃員として働くウィル(マット・デイモン)は、ある日、廊下の黒板に書かれた超難問の数学の問題を解いてしまう。同大学の数学教授ランボーは、彼を天才と認め、彼に教育を施そうとするが、彼は心を開かず、問題行動を繰り返す。ランボー教授は、彼のカウンセリングを、友人であるショーン(ロビン・ウィリアムズ)に託すのだが…」というお話。

よくある話っちゃあ、よくある話です。
本当は天才なんだけど、心を閉ざした青年とカウンセラーの心の交流物語です。
アメリカ映画なもんで、ヨーロッパ映画にありがちな皮肉めいた結末があるわけはなく、ラストは想像通り…なのですが、じわりと胸にくる人間ドラマに非常に見応えがります。

ウィル


それにしても…マット・デイモンがキラッキラしてます、若いです。素朴な青年の雰囲気なので、まさか数年後にアクション映画スターにまで上り詰めるとは思いませんでした。
友人役のベン・アフレックもしかり。ゴリラ呼ばわりされる傍若無人な若者を演じていますが、まさか数年後に映画監督としてアカデミー賞を席巻するとは思いもしません。
ロビン・ウィリアムスも良い味わいのカウンセラーを演じています。まさか、数年後に粘着質なストーカー役で…じゃなく、博物館の蝋人形になって大活躍…じゃなくて…ええと…。

さてさて。

主人公・ウィルは大天才です。驚異的な記憶力を持ちます。頭の回転も恐ろしいほど早い。しかし、幼いころに受けた虐待による心の傷は深く、屈折した性格を持ちます。粗暴で喧嘩っぱやく、定職にもついていないのです。

なのに。彼は大天才です。

その天才ぶりは、バーで絡んできたハーバードの学生を、いとも簡単に言い負かす序盤でいかんなく発揮され…

…。

うーむ。

本作は、優れた物語のお手本みたいに、きちんきちんと筋が流れていきます。そのために、思わずあらすじめいた感想を書いてしまいそうになります。それは面白くないので、今回は思い切って、「結末」に感じたことを書いてしまいたいと思います。

実は、本作の結末に違和感を感じてしまったのでした。
本作の結末とは。


「ショーンのおかげで心を開いたウィルは、一時、ランボー教授の勧めた企業に就職しようとしますが…一転、別れた恋人のもとに旅立つのです。」

・・・そこへ旅立つんかい!

正直、そう思いました。

本作は、感動作として有名なので…まあ、順当な結末なのですけど、アメリカ映画よろしく「彼女と再会しましたとさ、ちゃんちゃん」と、人生のほんの序盤がまるでゴールラインかのようなハッピーエンドで締められます。

本当に、それがウィルにとっての幸せなのかい?

この先、彼に待ち受けているのは、その選択への後悔でないとはどうしても思えません。
彼女が心変わりしないってどうして分かるのさ。これから彼女は医大で勉強し、医師になって、素敵なお医者様方とたくさん出会っていくのですよ! 所詮大学生の頃の恋愛なんてゴニョゴニョ…
もちろん、彼女と永遠の愛を育み、幸せに暮らすのかもしれません。
しかし、本作の結末がまるで、これで良いのだ、とバカボンのパパ並にばっさり言い切ってしまっている感じが、気持ち悪くて仕方ない。

物語の終盤、ランボー教授とカウンセラーのショーンが、ウィルの処遇を巡って言い争いをします。
「天分の才を持ったウィルに、ふさわしい道を歩ませることが重要だ」と訴えるランボー教授。
対してショーンは、「彼を操作するつもりか。そんなことは彼が決める事だ」と説きます。

物語上、圧倒的にショーンの方が正しいという描き方です。
もちろん、ウィルの心を解き放ったのはショーンの功績なのは間違いないので、その分、ショーンが「正しい」のでしょうけれど、結果、ショーンによって過剰に高められた「愛」の価値にゆらぎ、ウィルが旅立ってしまったことが、本当にウィルにとってふさわしいことだったと断言できるのか。

無論。ウィルの性格上、一般企業に勤めるのはかなり苦しいことで、続かない可能性が高いのかもしれません。
が。
彼は数学が好きなのです。どんなに反抗的でも、ランボー教授との数学の講義だけは素直に応じ、楽しそうに手がけていたではありませんか。
それに、彼は天才が抱えがちなアスペルガーやサヴァンといった症状を抱えているわけでもありません。(後日、本作の裏テーマは、アスペルガーであるというご指摘を頂戴しました)
きっと、ウィルの才能を最大限に活かし、ウィルに無類の自己実現の喜びを享受させる選択肢は、他にきっとあったのではないかと思うのです。
ゆえに、無理強い臭いとはいえ、ランボー教授の想いもよーく分かるのでした。

職業柄、私は学生に進路指導を行うことがあります。(学校の先生ではありません)
その時に心掛ける事は、とにかく「情報」を与えてあげる事です。選択肢一つ一つに対し、「メリット」と「デメリット」を最大限伝えることが重要だと思います。子供は「情報」を知らなければ、安易に一方の道ばかりを見てしまうからです。しかし、その選択肢の危険性や他の選択肢のメリットもあることを伝え、その上で、本人自身が最後に選ぶべきなのです。

そういう意味で、ショーンはウィルに、十分な選択肢に対する「情報」を与えていたとは思えないのでした。

…ちょっと見方がひねくれているのかな…。

ウィル5


以上が、私が本作の「結末」に感じた違和感。単に、彼女といちゃつくことが最高に幸せだぜ、へへへーというアメリカンな結末が気に入らなかっただけなのかもしれんけど!

とはいってもね。
本作には、宝石のように輝かしい青春のきらめき・苦みが散りばめられていて、とても見応えがある傑作であることは本当です。

あとは、いつものごとく箇条書きで。


・友達が、ウィルを特別視しているのが寂しい。
なんかウィルを気の毒に思ってしまいました。大天才ゆえに、友達の本心は「こいつ、オレらとは違うし」です。一番の親友(ベン・アフレック)でさえ、そう強く思っています。げんに、その想いをウィルにぶつけています。優しい忠告として。
ウィルは、「え…どうして、ぼくらに溝があるみたいに言うのさ…」とか思わないんだろーか。
その点について、本作では不思議と描写はありませんが、ウィルは思い悩まないのかなと思いました。最も残酷に思えたんですけど。

・とはいっても、終盤の迎えのシーンは泣ける。
友達のそんな仕打ちはとっても残酷なんですけどね。それはこの際置いといて…その装置が、実にラストで泣かせるんですなー。
いつまでもうだつが上がらないウィルに、友達は忠告します。「お前がその才能を活かさなかったらぶん殴る。オレの夢はな、ある日お前を迎えに行ったら、お前がいなくなっていることだ。オレらに何にも言わずに」
友達想いに溢れた熱い突き離しです。
つまり、「オレらなんかに構わず、天才のお前にふさわしい道へ進めよ!」ってこと。
さらりと言ってしまうベン・アフレックがかっこいいです。
そして、ラスト。
いつものように友達がウィルを迎えに行くと…家から返事がありません。ウィルがいなくなっているのです。そして、ハッと気づき…爽やかに笑顔を見せる友達。そこには、あえて寂しさはありません。あるのは、ただ清々しいほどの微笑みでした。ベーン! あんた最高じゃーん! すっげー泣けたよー。けどね、ウィルは女のとこに行ったんですーーーー! 
ね、ラストに違和感あるでしょう? 惜しいなあ…。 やはりチグハグなんですよ。友達との話を活かしたいのか。彼女との話を活かしたいのか。ちょっと欲張り過ぎたのかも。

とりあえず、ウィルは友達に車を返そうか。それ、出勤用だからね。(友達が買ってくれた)


・彼女役のミニー・ドライバーが素朴で良い。
出てきた当初はただのワンシーンの脇役か、と思ってしまったほど、地味な彼女。
ウィルに永遠の愛を感じさせるほどの重要な役割となっていきます。
さっぱりした雰囲気で決して美人でもないんだけど、面倒見よさそうで頭が良さそうな彼女です。
ゆえに、良かった。
ウィルに冷たい仕打ちをされる場面での「涙」の場面は、ギャップ効果か、本当に胸のつまる気がしました。

ウィル2


・やはり、ウィルの心が氷解する場面が泣ける。
彼女に冷たい仕打ちをして別れてしまうのも、ウィルが持つ「自己防衛」によるものでした。
過去のトラウマから、心が傷つくことを極度に恐れるウィルは、その前に相手を傷つけるのです。
つまり、人を全く信用していないということ。
初対面にショーンにぶつけた言葉も、ショーンの心を容易にえぐるほど鋭利なものでした。

しかし。

彼の中には、反面、とてつもなく深い「罪悪感」も蓄積されていたのです。
ショーンは、その心を見抜きました。
ショーンは、彼を受け止めます。「君は、悪くないんだ」と。
その言葉を執拗に連呼します。ウィルが拒絶してもなお浴びせかけたその言葉に、ついにウィルは涙を流して許しを請うのでした。「許して」と。

ウィルは大天才でしたが、「本物の人生」が欠けていたのです。ウィルがバーで木端微塵にやっつけたハーバードの学生と同じく、「書物(知識)の上だけの人生」だったのです。

ショーンは「本物の人生」つまり「本物の人間関係」を教えてあげたのでした。

誰かに認められること。受け止められること。自分を託せる人を見つけること。そして、恐れずに、自分から相手を愛すること。

ウィルはその大切さに気付き…き、気づ…。…んなもんだから、一流企業の内定を ほっぽり投げて女のもとに旅立ってちゃったー!
やっぱり極端に受け止め過ぎだと思うんだよなー! ウィル―!

ウィル4


 

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Posted on 2014/06/11 Wed. 23:59 [edit]

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コメント

結末について 

俺はこの結末すごくいいと思います。
教授の生き方と先生の生き方どちらにも触れて成長し、選択するウィル。本当の友情とは何か理解し決意するウィル。
最初のウィルとラストのウィルの違いを比べて、考えてみるとこの映画の伝えたいことがわかるんじゃないでしょうか。
全体の内容は確かによくあるパターン、と言えばそうかもしれません。でも所々のセリフや演技が最高にいいので、伝わってくる印象は最高です。

URL | 小林 #- | 2015/05/16 01:04 | edit

小林様 

コメントありがとうございます。

確かに、選択したのはウィルだから、誰にも文句は言えません。
教授が強制できるはずもない…。

ただ、ウィルには、その天賦の才を活かす人生を歩んでほしいなあと
友達同様に思ったもので。

あのラストの旅立ちに、友達のベンアフレックは、
やはり爽やかに見送ってくれるのだろうか…と思ったのでした。

URL | タイチ #- | 2015/05/16 10:33 | edit

間違っています 

>彼は天才が抱えがちなアスペルガーやサヴァンといった精神的な疾患を患っているわけでもありません

>職業柄、私は学生に進路指導を行うことがあります。
(学校の先生ではありません)
その時に心掛ける事は、とにかく「情報」を与えてあげる事です。


アスペルガー症候群やサヴァンは精神的な疾患ではなく、「先天的」な「脳の障害」です。
加えて言うと、この映画の裏テーマはアスペです。
公にはされていませんが、主人公はトラウマを持つアスペルガーという設定です。

情報を与える側の人間なら正しい知識を持ってください。

URL | 通りすがり #- | 2015/12/14 03:45 | edit

通りすがり 様 

御指摘ありがとうございます。

URL | タイチ #- | 2015/12/14 12:39 | edit

 

いい企業に就職エンドを求める気持ちもわかりますが、それはあくまであなたが普段仕事で関わっている学生の、あなたが仕事で見る限定的なトピックでのハッピーエンドなのであって、人はもっと色々なハッピーエンド選択肢が用意されているのではないでしょうか?
天才は、才能の奴隷になって生きる人生はある意味で地獄です。才能が自分に君臨し支配し自分の価値の全てを独占している人生も、あなたがおっしゃられた本物の人生ではありません。
それよりも大好きな彼女がいて、遠くに住んでる親友がいて、信頼できるセラピストがいて、数学の能力を発揮して働こうと思えばいくらでもチャンスがある、そんな人生の方がよほど才能と対等に生きていると私は思います。

URL | 通りすがり二人目 #- | 2016/04/29 04:20 | edit

通りすがり二人目 様 

このような、ひねくれた記事にコメントを頂戴し、ありがとうございます。

おっしゃる通り、主人公がとった最後の選択が正しいかもしれません。
記事内でもある通り、
私が感じた違和感は、まるで最後の主人公の選択が、「当たり前」に正しいという空気です。

そりゃ、まあ、映画ですから…。恋を捨てて一流企業に就職するより、恋を選んだ方が「正義」なのだと思います。
おっしゃる通り、企業に才能をこき使われる不幸がある場合もあります。

しかし、現実の世の中では、どちらが正しいとはハッキリと断言できないものだと思います。
一時の感情に突き動かされているだけで、あとで後悔する可能性は十分あると思います。
もちろん、後悔しないかもしれません。

私が言いたかったのは、こういった選択を「現実」でする時は、もっと「熟慮」が必要だということです。
どちらにもある、メリットデメリットをちゃんと知ったうえで、覚悟を持って選択せよ、ということです。

なので、私は記事にて、主人公の選択が間違っていると言っているわけではありません。

URL | タイチ #- | 2016/04/29 12:34 | edit

 

この作品の本質を見誤っているのでは?
主人公の選択が(未来の幸せに対して)間違っているとお書きになっていますが、

表層的には、彼は自身の環境性格のために能力を持て余して清掃員をやっている。それを、能力を見出しされたおかげで一流の企業に雇ってもらえる。と理想的なステップアップを捨てたのですが、

実際は、幼少のころ虐待のために人を心から愛することができなかった。しかし、心理学者との交流を通して、本での知識だけでではわからない世界があることを知った。その先で彼女か企業かを選んでいるように見えて実は、能力環境に強制された「ふさわしい道」を半ば強制されているなか、自分で選ぶという「誰もが本来持つべき自由な意思」を心理学者、彼女、そして友人のおかげで手に入れることができたんじゃないでしょうか。

この選択で、私だったら間違いなく企業を選ぶでしょう。それは私が選べる環境で育ってきたからです。しかしこの作品の主人公は養父の虐待で選べなかった人間だったんです。
だから、将来に悲観的で刹那的で暴力的だった。その背景には親に愛されていないという絶対的な苦しい現実があったからなんです。でも、彼は愛すること愛されることを知り、自分で選ぶことができるようになった。その最後の後押しなったのが「君のせいじゃない」って一連のシーンなのではないのでしょうか。

彼は幸せになる自由もあるしならない自由もある。彼が天才的な頭脳を持っているから幸せになれて持っていなければ幸せになってはいけないのでしょうか。

URL | 通りすがり三人目 #- | 2016/07/24 08:51 | edit

通りすがり三人目 様 

コメントを頂戴し、有難うございます。
こんな捻くれたブログに、丁寧に解説頂いて恐縮です。

私は、主人公の最後の選択が間違っていると断定したのではなくて、
「選択が正しくなかった可能性」があるんじゃないかなあと思ったのでした。
映画が描くラストは、とかく「これが、正解」という描き方をします。
それに対し、そうともいえないかもよ…と…ちょっと捻くれて書いたのでした。

主人公が選択の自由を得られた、という解釈はごもっともだと思います。

URL | タイチ #- | 2016/07/26 17:31 | edit

正解はアレしかないと思ったw 

はじめまして、ガラと申します。
タイチさんの「そこへ旅立つんかい!」のツッコミに反応してしまいましたw 
このスレ、大反響ですね。
友達が背中を押してくれたのに、行った先が「「おんな」かい!ですもんね^_^;

ところが彼は天才です。職につくことはこの先たやすいでしょう。
いや天才でなくても、私はこう思います。
いま彼女を取らなかったら?この先リッチになっていく主人公が知り合う人々は、果たして彼の本当の理解者となりえたでしょうか?

真の友情を育んでいたことから、主人公はアスペじゃないでしょう。

彼は、虐待されていた過去すなわち、親に愛されなかった過去をなかなか彼女に言えませんでしたよね。愛されなかった事実を認めてしまうと、子供は生きられないからです。私はこの映画を見て、子への虐待ほど重い「親の原罪」はないんだと衝撃でした。
と同時に、トラウマでどんなに心を閉ざしても、素の自分を受け入れくれる居場所を望んでしまうのが人間なんだと思いました。彼の周りは幸いにも、友達、カウンセラー、彼女が良心を持っていた。だから、彼は失うことの恐れよりも、自分で選択する「勇気」を持てたんですよね。
この先、この彼女と別れてしまうかもしれませんけど、自分の選択の結果であれば、大丈夫、消化できます。
私が思うに、彼がヤな奴にならない限り、彼女からは去っていかないと思います。なぜなら彼女の尺度は、ハーバードの中でも私は変わっているって言ってましたから (^_-)-☆ 



URL | ガラ #- | 2016/08/04 18:13 | edit

ガラ様 

コメントを頂き、ありがとうございます。
すみません…こんなひねくれたブログをご覧くださって…。

おっしゃる通り、主人公が愛情を第1に求め、
彼女の元に向かったことは、彼の過去の境遇から考えると、
逆に現実的な選択であったのかもしれません。

けれど…それでも言いたい…(まだ言うか)
愛情を分かつことのできる女性は、この先まだまだいる。
就職は時が経つにつれて難しくなるのだ。
だから、良き友、彼女、カウンセラーと出会い、成長した彼には、
ここはぜひ、社会の中でばりばり仕事していく道を選んでほしかったのだ…
学生の時の恋愛? は? 大抵は一過性のもんなんじゃないの?
…とか…どうしても思ってしまうのです。

ラストの「彼女をとる」選択は、物語としての正解というより、
私には。
どうしてもどうしても。
王道メロドラマとしての「正解」のように思えたのでした。

URL | タイチ #- | 2016/08/04 21:20 | edit

 

素敵なレビュー主さんと、素敵なコメントさんの皆様

楽しくまた興味深く拝聴いたしました

確かに、タイチさんの「そこへ旅立つんかい!」には反応しました

大好きな映画を検索し、このコメントを見つければ誰でも反応します

でも、これだけの方々の素敵な意見が聞けたという意味では

このブログは成功だったと思います

映画は脚本家と監督がいてその意図とするものがあります

その意味では、本当の正解はあると思います

でもそれより大切なのは、見た人が様々なことを考え想像することだと思います

素晴らしい映画ならいろんな人が見て、いろんなことを想像すると思います

100人いれば100通りの思いや考えがあると思います

映画は1つの正解を出すものじゃない、自分なりの正解があればいいんじゃないかな

それならば、タイチさんのようにラストに違和感を持つ人がいても全然かまわないと思います

そのブログにこれだけ真剣なコメントが寄せられるという事実がある

ボクは、それだけこの映画が愛されている証拠だと思います

そしてボクの考えは、仕事と彼女のどちらかを選んだのではなく

今彼が、一番必要としているものに旅立って行ったのだと思う

仕事は逃げません、あとからでも挑戦できます

それにウィルはショーンの亡き奥さんへの思いにも強く影響を受けていると思う

そして、彼は見極めたいと思う人を見つけた

そんな彼の人生で一番大切な人を追っていくのが一番自然だったとボクは思います

*よくある荒れたスレッドにならないことを祈っております

URL | masa #- | 2016/08/31 13:11 | edit

masa様 

あたたかいコメントを頂き、感謝の気持ちでいっぱいです。

私も、いろいろな感じ方があって良いと思っています。
いろいろな反対のご意見を頂戴しましたけど、
どれも正しいご意見だと思っています。

私は、本作の結末に、「ハリウッド的」なものを感じ、
果たして本当に、それが一番正しい選択だと大手振るって断言していいものか?

その先にあるリスクはないと言えるのか?
その他の選択は逆に間違っているのか?

とか、いろいろと(皮肉に)考えてしまったのです。
そ、そういうブログなもので…。

ただ、炎上とか、荒れるとか、ないですよ(今のところ)

ご心配頂き、ありがとうございます。


URL | タイチ #- | 2016/08/31 14:44 | edit

 

今更ですが、何度か見ていて今日久しぶりに見て号泣して改めてラストも気持ちよく素晴らしい映画だなーと再認識したところです。たまたま見かけたのでコメント失礼します。

あなたの見解もあると思いますが、人の顔色を伺わず自分がやりたいと思った事をやる、最後はやはりこれに尽きるんではないでしょうか。映画の流れですと心が解放される前、彼女と不本意ながら分かれ、後にショーンとの名シーンにより解き放たれ一度は就職を決意するも、今の自分にとって大切な彼女を選んだ事、素晴らしいではないですか。就職は彼女のところにいってからでも十分遅くないです。映画ですし、あのまま彼女と別れたままの方が私は気持ち悪いと思います。自分に自信がなくいろいろネガティヴに考えて本当の気持ちを出せない事って誰しもあると思います。映画の感想は人それぞれで、人にとっての幸せも人それぞれなのです。お金を選んで幸せを感じる人もいれば、好きな人といれればそれだけで幸せな人もいます。まさに劇中のランボー教授とショーンの対照的な生き方の違いがそれじゃないですか。お金を選ぶ人が悪いとかではありません。その人が幸せならそれでいいんです。お金を選んだ人間にしてもやりたい事でお金を貰っているのか、やりたい仕事ではないが給料がいいからやっているとかってのに別れると思います。この映画からは、まずやりたい仕事ではないがお金がいいからやるという選択肢は必然的に消えます。ウィルは一度は就職を考えたが本当にやりたい事ではなかったという事ですよね。周りを気にする(家族の為、友達に羨ましがられたい)がゆえ本当の自分の気持ちを出せない人がいる、それで幸せなのか?と問いかけられてる。そういう事だと思います。
ウィルが情の薄い人間で金の亡者ならいい就職先を選んだでしょう。それでハッピーエンドを感じる人もいるんでしょうね。

URL | tuggy #bQUoDw3U | 2016/09/25 01:14 | edit

tuggy 様 

コメントを頂戴し、ありがとうございます。

すみません、こんな…ひねくれた本ブログを覗いていただいて光栄です。

さて、何度もいろいろな方からご指摘いただいていますが、
仰る通り!
映画的に言えば、本作の結末は「正解」であると思います。
ウィルが急に現実主義者になって、就職を選び、彼女を捨てる、
というのは不可解です。白けます。

ただ、ウィルの選択は、「映画」だから、「絶対的な正解」なのです。

「映画」ではなく、これが「現実」であった場合に、

ウィルが選んだ選択が必ず「幸せにつながっているとは、断言したくありません。
一流企業に就職をすることで、新たな道が開ける場合も十分にあり得ます。
環境が変われば、人は新たなことを学ぶからです。

一般的に、映画は、選択をした時点で終わります。その先は描かれません。
けど、映画はそれが「正解」と描きます(映画ですから当然です。)。
(例えば、結婚がゴールみたいな映画は、私は苦手)
とはいえ、もし現実なら、その先どうなるかは誰にも分からないのです。
もしかしたら、ウィルは彼女の元で失敗をしないとも、限らない。
果たしてウィルは、
選択肢それぞれのメリット・デメリットをちゃんと考えたのかなー…と、
そういうことを、(ちょっと現実的な皮肉を込めて)言いたかった…ということなのです。

いや、まー、そんなこと言ったら「映画」にならないんで、
ただの野暮な突っ込みでしかないのは、よーくわかっているのですけどね。

URL | タイチ #- | 2016/09/26 13:34 | edit

 

いやーずいぶん前の映画にコメントして返信があるとは思っていませんでした。ありがとうございます。きちんと管理されてるんですね。

本当に映画って終わりを曖昧にして見た人が好きに想像して色んな結末を想像するってのも醍醐味なのかもしれませんね。

感想もひとそれぞれでいいんですよね。みんな同じじゃつまんないですもんね。

ありがとうございました。

URL | tuggy #bQUoDw3U | 2016/09/26 20:58 | edit

 

この作品、先ほど見終わったばかりなのですがタイチさんとだいたい同じ感想を持ちました。
ウィルについては正直ラストを考えるとあそこまで極端な天才キャラじゃなくても良かった気がします。
ウィルはまだ20歳そこそこですが10年後20年後は確実に後悔してそうだなーと思いました。
昔の映画なのであれで良かったのでしょうが…
就職しなくても大学に入学、とかせめてそのあたりのラストであってほしかったですね。

URL | ゆう #XVgCdbeE | 2016/11/20 00:05 | edit

ゆう 様 

コメントを頂戴し、ありがとうございました。

同意してくださる方のコメントを頂戴できるとは、嬉しいです。
結構批判的なコメが多い記事でして…。

10年後のウィルは後悔しているかもしれませんし、
もちろん、幸せかもしれません。

人生の選択肢に、これが「正解」というものはないのだから、
ウィルの選択が、「映画的には」美しかろうと、
違和感を感じてもいいと思うのです。

URL | タイチ #- | 2016/11/20 01:33 | edit

私もラストが引っかかりました。 

はじめまして。
私も、この映画に関しては、ラストの整合性が取れていないと感じました。

チャック(ベン・アフレック)がウィル(マット・デイモン)に「20年後もこの町に残っているようだったら俺はお前を殴る。いつものように迎えに行ったらお前が姿を消して旅立っている──というのが俺にとっては嬉しい」(要約)と言ったのは、ウィルの才能がふさわしい場所で活かされることを期待していたからですよね。

しかし、この映画のラストでウィルが家から姿を消して旅立ったのは、「才能を活かすため」ではなく「愛する人と一緒になるため」でした。
その選択自体はそれはそれで素晴らしい選択だとは思います。というか、あのままフツーに就職されたところで観客としては困ってしまいます(笑)。

しかし、チャックが望んでいたのは、あくまでも「才能を活かすため」にウィルが街から出ていくことだったはず。
ウィルの旅立ちを悟ったチャックが複雑な笑顔を見せる場面で、私は心の中で思わず(チャック! あんたの期待は裏切られてるよ!)とツッコんでしまいました。
もちろんウィルにはチャックの期待に従って生きる義務などありませんが、単純に、映画の中の理屈の話として、「ウィルが『才能を活かすため』以外の理由で旅立つこと」と「チャックがウィルの旅立ちを知って嬉しがること」は矛盾していますよね。

私の大好きなロビン・ウィリアムズが好演していることもあって、全体的には決してイヤな映画ではないのですが、どうしてもそこが引っかかってしまいました。

URL | TONAS #XMatgrFs | 2017/05/07 07:47 | edit

TONAS 様 

おおおお! コメントありがとうございます。
おまけに、賛同してもらえるなんてありがたいです。
それはそれは孤軍奮闘だったもので…

おっしゃる通り、私も引っかかったのは、
ウィルの行動は、チャックの想いとはかけ離れており、
女のところに走るために
チャックは車を与えたのではない、というところです。

もちろん、ウィルの行動が間違っているとまでは思いません。
しかし、絶対的に正しい、というような終わり方に違和感が湧いたのです。

ウィルの顛末を知ったチャックは、きっとバカヤロー!と怒鳴ってから、
微笑して首を振るんじゃないでしょうか。しょうがねえなあ…と。

そんな感じのラストだったら、まだ良かったのかも!?

この議論が広がって、続編制作につながればいいですねえ。
そんな影響力ないけど。

URL | タイチ #- | 2017/05/07 11:26 | edit

愛する 

以前書き込んだmasaです

このブログは、ずっと気になっていて時たま楽しく覗いておりました

というのもこの作品には深い思い入れがあり

やはりボクも旅立に対する疑問があったからです

そして昨日久しぶりにあらためてこの作品を見ました

そして、やはりラストはこれでいいのだ!と深く感じました

(バカボンのパパです(笑))


まず見る側でなぜこの違和感を感じる人がいるかというと

この作品で、”ウィルがどこに旅立つか”を主点に置いているかで

全然違う作品になります、そこで違和感を感じるのだと思いました

ようするに、見る側の価値観の相違です


才能あふれるウィルが、その才能を生かすために旅立つのか

それとも、女を見極めるために旅立つのかで

作品の主点が変わってくるからです


ボクはこの作品は、”愛”が主点だと感じました

幼少期両親に愛されずに育った、ショーンとウィル

そこで深いトラウマになったウィルがショーンと出会う

そして、ショーンの影響をかなり受けることになりました

なぜなら

ウィルは、ショーンにトラウマだった心の傷を癒されたからです

その時ショーンに安心感と信頼感を感じました

そのショーンは自分の人生をなげうってまで

(自分の学者としての研究をなげうってまで)

妻を愛しました、ショーンはそのことを決して後悔はしていません

自分にとって学問は大切です、でもそれ以上に彼は

”この世で見極めるた女性のそばにいること”の方が重要だったのです

そして、そんなショーンにウィルは感化されていたのです

だからこそ、一度は決めた就職を投げうってまで

愛する人を見極めるために旅立ったと考えるのが自然だと思いました


タイチさんの言うように・・・才能を生かし世のため人のために生きたなら

ゆくゆくは、裕福にもなり豊かな生活を送れたでしょう

でもそれが、最良の生き方でしょうか

幸せの基準は人それぞれ違います

だからそれこそ観客の価値観の違いが

違和感となって表れたのだと感じます

もちろん、タイチさんが感じた違和感が間違いだとは思いません

でも、ボクの今の価値観ではこの展開が最高だと感じました

金や仕事より”愛”を選ぶ・・・

なんて恥ずかしくもあり、形のない言葉でしょう

でもそれを恥ずかしがらず真正面から挑む生き方がボクは好きです

そしてそんなボクも

ロビンウィリアムスに感化されている一人なのは間違いありません

masa

URL | masa #- | 2017/05/17 13:09 | edit

masa 様 

コメントを頂き、ありがとうございました。

丁寧な解説に、感激しました。

なるほど。

ウィルを癒したショーンの生きざまの通りをウィルが選択するのは、
とても自然だと感じます。
それならば、確かに、ウィルの最後の選択に強い説得力があります。

なるほど…。

ハリウッド的に「愛だろ、愛」みたいなノリに反発心があったのですが、
masaさんの解説には納得できます。

やはり、このラストは、「映画的」には100%正義なのだと思います。




URL | タイチ #- | 2017/05/17 16:15 | edit

未だに定期的にコメントあって笑いました 

以前にコメントした通りすがり三人目です。

未だに定期的なコメントがあってなんだか嬉しくなりました。
この映画はよく取り上げられがちな才能の使い道の話でもあるんですが、陳腐な意味での愛ではなく(ラストの主人公と彼女の愛は将来的には陳腐な意味での愛で終わって次の出会いがあると思いますが・・・)キリスト教圏で信じられているであろう広義の愛の話でもあるんだと思います。

愛(ふさわしい環境)を得られなかった主人公は才能のお陰で愛(ふさわしい環境)が得られる資格を得たのではなく、誰もが(主人公に一切の才能がなかったとしても)隣人と愛し愛される資格を持っていると言いたかったし世間でウケたんだと思います。この結末のほうが映画のテーマにそっているので映画的な正解ではあるのですが、主人公に才能がなければ金銭的に豊かな将来を得られる可能性は限りなく0に近いと思いますし、そこに引っかかっているんだと思います。

余談として、アメリカでは日本ほど新卒神話も縄張り意識もないですし、この作品の主人公は簡単に才能をもって一流会社に再就職できると思いますよ。日本じゃありえないけど以前やめたAMDに戻ってRYZENを作ってまた辞めたジム・ケラーでググると才能至上主義の世界が垣間見れます。だからアメリカでは、能力のある主人公には次の素晴らしい進路が望めばあって一時の感情で輝ける未来を捨てたようには受け取られてないのかもしれませんね

URL | 通りすがり三人目 #- | 2017/06/10 20:28 | edit

通りすがり三人目 様 

コメントありがとうございます。

才能のあるなしに限らず、また、障害のあるなしに関わらず、
普遍的な愛の物語であるのかもしれませんね。

また。

確かに、ラストは彼女を追いかけてった主人公ですが、それからだって、
いくらでもチャンスはあるのでしょう。
新卒神話かあ…なるほど、そうかもしれません。
ちょっと新しい見方が分かりました。

URL | タイチ #- | 2017/06/13 23:24 | edit

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