素人目線の映画感想ブログ

素人による、素人のための映画感想・レビュー。 映画文法や方程式なんのその。

※ネタバレがある時は、必ず<赤字>で標記します。

LEON /この喪失感は、続く。 


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 LEON
 (1994年 フランス・アメリカ合作)  
 90/100点



今や「胡散臭い映画監督」の代名詞:リュック・ベッソンですが、本作は掛け値なしの傑作です。
『二キータ』でカルト的人気を得た監督が、ハリウッドに進出して撮った本作は、ベッソン節を一切失わずに作られているところが素晴らしいです。

今回、何の脈絡もないですが、『レオン』を取り上げたいと思います。懐かしみながら読んで頂ければ幸いです。

さて。

まず本作は、キャスティングの成功が大きいと思います。

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主人公・レオンを演じるのは、ハリウッドの有名俳優ではなく、当時ほとんど無名のジャン・レノです。前作『ニキータ』に少しばかり出てきた「掃除人(ヒットマン)」をそのままキャステングしてみせるという妙技。仕事は冷酷で凄腕なのに、プライベートになると、寂れた映画館で『雨に唄えば』を無邪気に鑑賞するというギャップ。無名のジャン・レノであるからこそ、余計にその人物設定に微塵の違和感もなく、感情移入できるのだと思います。その後人気を得た彼が、いまや「ドラえもん」を嬉々として演じているとは、なんと落ちぶ・・・出世したことでしょうか! 

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ヒロイン:マチルダには、ナタリー・ポートマン。これが映画デビュー作です。ベッソンの先見の凄さ。若干12歳にして、異様なほどの才気がほとばしっています。ベッソンの妖しいロリータ趣味を揶揄する声もありますが、劇場公開版を見る限りでは、大きな年の差のレオンとマチルダの関係性には、いっぺんの「卑猥さ」はなく、あくまで「純情な絆」程度の印象に留まっています。マチルダが大人びていることよりも、レオンの幼さに比重が大きいからではないでしょうか。
今やベッソンは「胡散臭い」の代名詞ですが(二度目)、この設定は、十分にありだと思うのです。ただ、本作以降、ナタリー・ポートマンは清純派にこだわります。本作で少なからず付いたセクシャルなイメージを払拭したかったのかもしれません。苦労が垣間見えます。けど…、彼女にアミダラ姫がふさわしいと思えなかったのは確かです。

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個人的に凄く好きだったのが、悪の麻薬取締官:スタンフィールドのゲイリー・オールドマン。
年齢を重ねた今ではどちらかというと「正義漢」を演じることが多くなっていますが、当時は「悪徳刑事」といえばゲイリー・オールドマン。本来なら、バットマンを後ろから殴り倒し、ポッターを串刺しにしかねない奴なんです(注:個人的イメージ)。そんな彼が、本作では正気を失ったような外道の悪を演じます。冷徹極まりないのに、どこかすっとぼけた雰囲気なのが、かえって不気味なのです。

メインの登場人物はこの3人。特に大きな組織も出てきません。
だから、この物語の世界はこじんまりとしています。
しかし、フランス映画のノワールと、ハリウッド映画の娯楽が見事に融合した本作は、シンプルな物語の中で光る純粋な狂気や、情感と愛嬌に彩られた映像、重みのあるエリック・セラの音楽と、とにかく…名場面に溢れているのです。


<例によって・・・ネタバレ全開です。>


1:出会いと殺戮                       
レオンとマチルダは同じアパートに住んでいて、顔見知りでした。
マフィアのヤクを横領するようなオヤジや、派手なママハハ、ダイエットにしか興味のない姉、というロクデナシ家族の為、家に居場所のないマチルダは、いつも共同廊下に座り込んでいます。レオンとはそこで一言、二言、言葉を交わす程度。「大人になっても人生はつらい?」と聞くマチルダに、レオンは「つらい」と遠慮なく答えます。マチルダはこの時から、「ウソのない大人」としてレオンに興味を持っていたのかもしれません。

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しかし、レオンには、マチルダへの興味が一切ないようです。
無論、レオンの家業は「ヒットマン」ですから、余計な揉め事に首を突っ込むワケもありません。…が、親に殴られ、気落ちしているマチルダにレオンは買い物を頼みます。これが、レオンがマチルダに興味…というか同情をし、初めて感情を交わした時だと思います。頼みごとをされてウキウキするマチルダが、まるでお手伝いをしたがる子どものようで無邪気です。
しかし、その直後に事件は起きます。
スタンフィールドが部下を連れて巻き起こす、マチルダ一家押し入りの場面は、凄惨です。ですけど、ここがリュック・ベッソンの真骨頂。悪人のみなさんの登場シーンからして、よく計算された流れを見せます。ショットガンを携えたスタンフィールドの容赦のない怖さは格別です。思わぬ反撃で上着を台無しにされた彼の異常な怒り。この辺りは、ゲイリー・オールドマンの面目躍如なのであります。
さらに、おかしみも交えて描かれるのが特徴的です。意味もないくらい、「不甲斐ない部下たち」という描写。中でも、部屋の外で見張っている部下の極度の緊張が笑えます。臆病か! この「遊び」の小ネタがいいです。ともかく、スタンフィールドだけが異常でありマイペースで、それに振り回される部下たちなのでした。

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買い物から帰ってきたマチルダは事態に気付きます。自分の部屋を通り過ぎ、レオンの部屋の呼び鈴を鳴らします。
スタンフィールドに見つかれば、同じくただではすみません。
ドアの覗き穴に目を向けながら、レオンは助けるか否かを迷います。

マチルダの全身が光で明るくなることで、レオンが扉を開けたと分かる描写が、この「救い」をいっぱいに表していました。

 
2.共同生活                     
ここから、映画はマチルダとレオンの交流を描き続けます。「復讐をするために、ヒットマンになりたい」という、映画でなければ厨二病でしかないマチルダのこの申し出を、レオンは受け入れます。断るとマチルダが何をしでかすか分からないため、渋々と承諾するのです。すでに恐妻に実権を握られた亭主のようなレオンが情けねーなーと思うものの、1回申し出を断った時にマチルダが見せた目付きは、確かに並大抵の「ジロリンチョ」ではありませんでした。「女は女に生まれるのではない。女になるのだ」と誰かが言っていましたが、レオンを牛耳ることによって、急速に女になっていくマチルダ。アジトとして利用しているホテルのフロントに、「私、愛人なの」と文枝師匠が飛び上がるような発言をしてみせます。ああ、マチルダ。そこは「父親で押し通す予定(笑)」であってほしかった。そんなマチルダの悪戯で2回もアジトを追い出されるレオン。1回目は「今度やったら殺すぞ」と恫喝しますが、2回目の時はもう無言だもの。一度…、上沼恵美子に叱ってもらいなさい。

それはいいとして。
実はこの辺りのシーンは、意外に退屈です。マチルダ自身、退屈してますから。お偉いさんを誤って射撃の練習のターゲットにしてしまっても、特に大きな事件が起きることもありません。

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途中で「モノマネ遊び」が披露されます。そこでマチルダが見せる、マリリン・モンローやマドンナ、チャップリンのクオリティが高すぎ…っていうか、どこから衣装をこしらえたのさ。きっと、暇を持て余し、レオンの稼ぎを勝手に使いこんでいるに違いありません。恐るべき、鬼嫁気質! 

それはいいとして。
マチルダがモノマネする有名人をさっぱり知らないレオンはというと、ジョン・ウェインのモノマネを披露しますが、今度はマチルダがさっぱり分かりません。いかんですな。すでに趣味の不一致が起きております。趣味の不一致からお互いへの無関心が生じ、次第に性格の不一致による溝が

それはいいとして。
実際は、共同生活が進むにつれて、次第に二人の距離は縮まっていくのです。
この辺り、実に順当な描き方です。


3.復讐                        
マチルダはスタンフィールドに弟を殺され、その復讐を狙っています。偶然知ったスタンフィールドの職場に乗り込むという荒業。とはいえ、抜群のタレント性はあれど、一介の素人であり子供でしかないマチルダが勝てるはずもなく、まんまとスタンフィールドに捕まります。銃を取り出すヒマさえありません。トイレのドアの裏に隠れていたスタンフィールドが不気味です。マチルダに、「オ、オレに恨みがあるのか…?」と戸惑う姿がとぼけていて、実にいい味わいです。

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マチルダが囚われたことを知ったレオンは、マチルダ救出に動きます。この救出劇は、ものすごく単純です。急に人気が少なくなった警察署に乗り込んで、一瞬でスタンフィールドの部下二人を射殺します。これだけ。しかし、これを機に、二人の仲は完全な絆を紡ぐのでした。

ところで。
レオンは仕事の信条として「女と子供は手にかけない」としています。一見、倫理的なような気がしますが、どっこい、逆にそれ以外(つまり、大人の男)には容赦なさ過ぎです。この先に起きる彼の窮地は、マチルダのしくじりが原因のように思われますが、違います。レオンが、仕事の現場にたまたま居合わせていたスタンフィールドの部下を仕留めたことが最大の原因です。仕事人だってターゲット以外には手を掛けません。レオンは、己の軽率な仕事ぶりの為に追い込まれることになるのです。反省してください。


4.脱出                         

スタンフィールドは、自分の部下を3人も倒した人物がイタリア系であることから、自らも裏仕事を依頼してきたイタリアマフィアのボスを追い詰めます。ちなみに、このボスはレオンを青年の頃から育ててきた恩人です。しかし、無知で幼いレオンを騙し、彼の金を搾取している仁義なき男でもあります。
この男があっさり陥落することで、スタンフィールドはレオンの居場所を突き止めるのです。

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さあて。
ここからが本作の見せ場です。
レオンVSニューヨーク警察による、重厚な籠城戦と銃撃戦が展開します。
間違えてはいけませんが、警察側は決して悪人ではありません。スタンフィールドの都合の良い理由に踊らされている普通の警官たちが、レオンによって次々と犠牲になっていく描写は、洋画ならではです。日本が舞台だったら、主人公が警官の命を奪っていく描写に耐えられるものではありません。エンタメ映画とはいえ、外国の人たちが、自分の国の罪なき人がやられていく様をのんきに見ていられるのが不思議です。
あ、そういえば時代劇もそうでした。であえ、であえ! で出てきた事情も知らぬ人たちをばっさばっさと斬っていきますね。「てめえら人間じゃねえ」とか言いながら。いやいや、大半はただの家来ですやん。「成敗!」とか、「懲らしめてやりなさい」とか言う前に、まず事情を教えてあげてください。

ただ、レオンと前線で闘う特殊部隊の隊員たちは、みな銀行強盗のような目出し帽をしている上、やたら乱暴なので、悪人だと錯覚できるようになっています。

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立て籠るレオンは、マチルダを逃がすために通気口に穴を開け、マチルダを逃がそうとします。何度も何度も拒否するマチルダですが、「オレ一人なら逃げられる。」というレオンの決死の言葉を信じ、ついに、その手を離します。…最後にして、愛の言葉を交わして。

レオン一人に重火器まで飛び出し、吹っ飛ぶ部屋。
レオンは機転を利かせた方法で脱出を試みます。
しかし、その姿をスタンフィールドは見逃しません。

レオンとスタンフィールドの対峙。
マチルダにかつて訪れた「救い」の光が、レオンの眼前にも広がっていました。しかし、それよりも、はるかに眩く輝いたのは、「死」を運ぶ銃撃の火だったのです。

そして、直後にレオンがもたらした巨大な光は、全てを消し去りました。

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LEON「Stansfield?」 スタンフィールドか?
STANSFIELD「At your service.」 何か御用は?
LEON「This is…from… Mathild…」 マチルダからの贈り物だ。
STANSFIELD「Shit.」 くそっ…


ここの流れ、強烈です。とてつもなく哀しく…脳裏にこびりつきます。
レオンは、自らの命を犠牲にし、マチルダの代わりに復讐を果たしたのです。


5.喪失                        
マチルダはイタリアマフィアのボスと会います。しかし、ボスは金の件をやはりごまかし、「裏の仕事をしたい」というマチルダを叱りつけ、「レオンは死んだんだ」とやけっぱちに言い放った上、とっとと追い出そうとします。
このボス、レオンやマチルダに対し、人情に厚いフリをして嘘をつくような悪いヤツではありますが、そこはかとなく哀れさも醸します。かつてレオンと出会った時には、大人物だったのかもしれません。いつしか力が弱まり、強大な流れに呑みこまれ、生き抜くために仕方なくスタンフィールドと組んだり、義理を欠いたりしているような気もするのです。

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そんな妄想のような哀愁を感じる程、本作のエンディングはさみしい空気で満たされています。
ニューヨークという巨大な街の中で、レオンもまた日々を懸命に生き続けていました。人と話すことも、文字を読むことも苦手な彼にとって、おおよそ不似合いな街だったと思います。マチルダとの出会いが、彼に生きる希望をもたらしましたが、まるで罰せられるように、その幸福はすぐに引き裂かれました。

マチルダもまた、誰一人として信用できる大人のいない世界に戻ってしまいました。

ラスト。
マチルダは、レオンが自分と同じだと言っていた観葉植物を植え、「もう安心よ、レオン」と語りかけます。これまで根なし草のように生きてきたレオンは、ようやく安住の地に根を張ることができたというわけです。しかし、そのマチルダの顔色からは、完全なる喪失感しか読み取ることができません。

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エンディングテーマであるスティングの「Shape of My Heart」の物悲しさが、ギターの旋律とともに流れ込みます。

残されたマチルダは一体どうなってしまうのでしょうか。このままでは、本作は本当に悲劇です。せめてスタンフィールドを討てたことで喜びたいところですが、むなしい復讐に過ぎなかったようにも思います。

それこそ、続編を望んでいたものです。
一時は、『マチルダ』という続編製作の噂もありました。ヒットマンになったマチルダの物語だそうです。しかし、蓋を開けてみれば、亜流も亜流の『WASABI』なんて舐めきった映画が作られたり、どこが続編なのかさっぱり分からない『コロンビアーナ』が作られたりと…、ちっとも望まないモノでお茶を濁され続けています。

今やベッソンは「胡散臭い」の代名詞ですが(三度目)、当時はこんな才気溢れる映画を撮っていたのです。
…そうか。私がイタリアマフィアのボスに、どこか同情してしまうのは、そこにベッソンの姿が重なるからなのかもしれません。彼もまた、大きな映画産業の渦に巻き込まれ、大味なアクション映画を作り続けることを余儀なくされ、いつしか力が弱まっていったのかも…。

本作のエンディングの喪失感は、いつしか、そんなベッソンの不在にもつながっていくのでした。

そういえば…

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お・・・おう…、そこかしこに喪失感が…。


追記:上記感想は、<劇場公開版>です。<完全版>は賛否ありますが、私は特にお薦めしません。中盤でのアクション場面が増えていますが、退屈しのぎのシーンばかりで意味を感じません。また、レオンがマチルダへの愛情を認めるロシアンルーレットの場面は、ちょと早過ぎ&くどい気がします。愛情を交わすのは、マチルダ救出と最後の脱出の場面だけで十分だと思います。


 

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Posted on 2016/02/25 Thu. 22:14 [edit]

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