素人目線の映画感想ブログ

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FAKE /誰かが嘘をついている。 


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 FAKE
 (2016年 日本映画)  90/100点


国会が森友学園で揺れています。そこには、「誰かが嘘をついている」という疑惑があります。どちらかが、平然と嘘をついているわけです。(もちろん、『羅生門』のように、みんなが自分の都合のいいように事実を捻じ曲げて喋っている可能性もあります)

誰が嘘をついているかという真実は、明確な証拠がなければ、誰にも分かりません。心の中が読めるなら、是非覗いてみたいものですが…。

ということで、本作は、なんとあのゴーストライター騒動で「嘘つき」として名を馳せた「佐村河内さん」が主人公のドキュメンタリーです。騒動後の佐村河内さんに密着し、彼の生活を覗き見ます。佐村河内さんは恨みがましい目をして言います。「新垣隆(彼の元・ゴーストライター)はウソを言っている」と。
今、世間は完全に新垣さんの方を信じています。悪いことをしても、正直に話し、反省すれば許されるという、絵に描いたようなワシントン現象で、彼はバラエティに引っ張りだこ。もはや人気者の様相です。かたや、記者会見で残念なことに「キレて」しまった佐村河内さんは、信頼を完全に失い、職もなく、マンションの部屋に奥さんと籠って生活する日々なのです。恐ろしいほど対照的な境遇の二人。

果たして。

佐村河内さんが言っていることは、完全に嘘なのか。
佐村河内さんが主張するように、新垣さんが嘘を言っているのか。

そもそも。佐村河内さんにはいくつもの疑惑があります。
・本当に耳が聞こえないのか?
・作曲が全然出来ないのか?

これ以外にも、確か佐村河内さんには「足が不自由」であるとか、「明るい所にいられない」とか、幾つもの怪しい「設定」がありましたよね。
それを検証するかのように、カメラは佐村河内さんを追いかけていくのです。

フェイク


これが…、抜群に面白かった。まるで、秀逸なドラマを見ているようでハラハラしました。人が人からウソを追及される姿は、とても緊迫するものです。そこには、明確なものがありませんから、彼を信じるか信じないかは、主観でしかありません。彼を信じたいと思っても、彼の醸している「影」の部分がどうしても見え隠れして不安に襲われます。一級のサスペンスを見ている感覚だったものです。
また。
佐村河内さんと奥さんの夫婦関係がやたら印象的です。監督・森達也が言うように、これは一種の恋愛ドラマでもあるかもしれません。一説には、洗脳されていると噂の奥さんですが、夫婦関係とは、時折外部からは理解しがたい関係性です。騒動直後、佐村河内さんの離婚の申し出を突っぱねたという奥さん。外出時には、佐村河内さんが奥さんの腕に手を回し、くっついて歩く様子は、運命共同体の様子であり、他人が口を挟めるものでは到底ないと思いました。(ちなみに、奥さんの両親も、娘は洗脳されていると主張しています)

それにしても。

佐村河内さんのキャラクターは面白い。夕飯のおかず(ハンバーグ)に手を付ける前に豆乳をワンパック飲み干したり…(理由が、「好きだから」というだけ)、口をポコポコさせて音楽を奏でてみたり…、それに加え、やっぱりどうしても「怪し気」な雰囲気が、かえって面白いのです。「長髪と髭とサングラスを付ければ、全ての中年はアーティストに見える説」を提唱したいと思っている彼のトレードマークは、健在です。そもそも、記者会見の失敗の一つだと思いますが、反省を表して髪を切り、髭を剃って出てきた瞬間、魔法が解けたシンデレラのように、彼はただの「中年」になっていました。それだけでもう、「騙されてた!」と世間が感じてしまったのだから、あの記者会見は、出オチでもう失敗だったのです。

そのあたり、彼は妙に不器用だということ。

本作の中で、フジテレビが佐村河内さんに出演交渉に来る場面があります。真面目な報道番組と、バラエティ番組の二つです。報道の方には出演しますが、佐村河内さんはバラエティの方への出演は迷います。恐らく、茶化されるのがたまらなくイヤな人なんでしょうね。フジテレビの人は、「決しておふざけの扱いはしません」と言っていましたけど、MCにおぎやはぎを据えておいて、よく言うなあ…。この場面では、テレビが出演者にどうのように出演交渉するのか、という裏側も観られて、サブ的に面白いです。で、佐村河内さんはやっぱりバラエティには出演しません。新垣さんは出演しました。結果、新垣さんはその番組で脚光を浴びます。
ここで。
佐村河内さんは、「やっぱり茶化すのか…」と愚痴りますが、それに対する監督の言葉が強力です。「テレビ番組を作っている人に信念はありませんよ。出てくれる人を一番面白く使おうとするだけです。あなたが出演していたら、番組内容は変わっていたかも知れませんよ」と.。その通りに思います。出演を無下に断る人より、出演してくれる人を良く扱おうとするのは自然のことかもしれません。ましてや、佐村河内さんは、前述のフジテレビの出演交渉の時、これまでフジテレビが自分をいかにバカにして扱ったか、恨み節をぶちまけていました。それじゃあ…、マスコミは敵になってしまうだけ。

佐村河内さんは、自分で作った自身の高貴なブランドイメージに縛られているように思います。いまだプライドを守ろうとしているように思います。思い切って、新垣さんのようにバカになれたなら、状況は違ったのかもしれません。
今からでも遅くはない。佐村河内さんよ。とっとと「しくじり先生」に出るんだ!

2フェイク


本作では、佐村河内さんの支援者も何人か出てきます。佐村河内さんのように、目や耳の身障者の方々です。みな、佐村河内さんを信じています。マスコミはウソばかりだと非難しています。佐村河内さんは、本当は耳が聞こえているのではという報道がよくされていましたが、脳波を調べる特殊な聴覚検査(ごまかせない検査)では、明らかに難聴( 感音性難聴)であると証明されていると言います。記者会見時に、その資料をマスコミに配布したのだそうですが、皆、その情報を報道していません。
バラエティ番組では、散々この騒動をネタにしてきました。笑い者にされている張本人がその番組を、とても暗い目をして見ている姿は、恐ろしささえ感じさせます。
もちろん。
真相は、分かりません。佐村河内さんには、確かにいくつかの「嘘」がありました。その他にもいろいろとありそうです。外国の記者は容赦なく突っ込んでいましたが、佐村河内さんはまるで納得のいく回答が出来ていません。
しかし、個人的に思います。それらの嘘は、ブランドイメージを作りだすための「嘘」でした。それは「罪」であるのかもしれませんが、大なり小なり、世間はそういう「嘘」で溢れています。「優しいイメージ」「清楚なイメージ」「カリスマのイメージ」「高品質のイメージ」を作り上げる為に。そう考えると、何も佐村河内さん一人を悪人に仕立てて罰するほどのことなのか、と思います。この騒動は結局、人の失敗をあげつらい、コケにし、高みにあった人物を引きずり下ろす快感に、世間が乗っかっただけの代物のような気もするのです。

本作のラストは、衝撃のラストと謳われています。ラストシーンは、二つあります。エンドロール前と、その直後です。私は、前者の方にはそれほど衝撃を受けませんでしたが、後者での監督の言葉には、思わず息を呑みました。それは、本当に秀逸なラストでした。

真相は結局、分からない。本作は、新垣さんの「怪しさ」にも触れています。彼(彼の所属事務所)は、本作へのインタビューを断っています。
誰かが、嘘をついている。否、…もしかすると、誰もが嘘をついている。佐村河内さん、新垣さん、そしてマスコミ。誰を信じていいのか。もうこうなったら、それは当事者にしか分かりません。
本作には、そういう「もどかしさ」が残ります。映画として観たら本当に素晴らしい結末ですけど、これは現実に起きている出来事なのだから、とても苦々しい思いで一杯になったものです。

結局。

「真実」は、いつもゆがめられて私たちの耳に届くのかもしれません。
それが、とてもやるせないし、恐ろしい。


 

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Posted on 2017/03/26 Sun. 22:54 [edit]

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