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少年と自転車 少年時代、確かに自転車だけが世界のすべてだった。 


 無題
 少年と自転車
 (2011年 ベルギー・フランス・イタリア映画)85/100点


「カンヌ映画祭 審査員特別グランプリ」を獲得した本作の監督・ダルデンヌ兄弟は、これで5度連続の受賞だそうで、よほどカンヌ受けのツボをおさえているのでしょう。
その5作品のうち、「ある子供」が有名ですが、「彼らの作品を観ると、必ず憂鬱になる」という感想をどこからともなく漏れ聞いて以来、レンタル店で手に取るのを躊躇していたのに、本作がそうだったとは知らずに鑑賞。
素朴なタイトルで油断させるとは、はかりおったなダルデンヌ兄弟!
…しかし! 鑑賞後、気怠い気持ちが少しだけ余韻に残りながらも、確かに本作は傑作の類だと確信したのでした。

さて、本作のあらすじを簡単に言うと、「父親に捨てられ、やさぐれる孤児のシリル(トマ・ドレ)のわがままを、里親のサマンサ(セシル・ドゥ・フランス)が寛容に受け止める」という物語です。

シリルは中学1年生くらいの男の子に見えます。
決して体格は大きくなく、目には常に警戒と怯えの色を帯びています。
願ったことが叶わない経験ばかりして、心が傷ついている子どもの顔つきといいますか…。
のっけからシリルが見せる父親を求める必死の想いが、せつなくてせつなくて見ていられません。

「一時的」という約束で、自分を孤児院に預けた父親が、突如どこかに引越してしまって電話に出ません。
『…あれ? …ボク、引っ越し先聞いてないんだけど…。パパ…伝えるの…忘れたのかな…??』
父親を探し回るシリル。
父親の行きつけの場所に出向いたり、手がかりを見つけて電話したり訪ねてみたりしても、空振りに終わるばかりです。
訪ねた先の人に、「引っ越し先を聞いていないのかい?」と驚かれるや、『…聞いたけど、忘れたんだ』と思わず嘘を吐いてしまうシリル。彼の黒ずんでいく心の中が心配で心配で、おー、やっぱり見ていられない類の映画だぞ、と覚悟させるのでした。

   無題3


シリルの助けになってくれるのは、シリルが孤児院から逃げる際に入り込んだ病院でたまたま出会ったサマンサです。
サマンサは、シリルが盗まれたと主張してやまない自転車を見つけ出し、シリルに届けてくれました。
(シリルの大のお気に入りの自転車を、父親が勝手に売っていたのでした…。『パパが売るはずない。絶対盗まれたんだ!』…と、彼は主張していたのですが…。
その1件以降、シリルはサマンサに週末だけ里親になってもらうことを切望します。
美容室を経営する独身のサマンサは、そのシリルの願いを受け止めるのでした。

こうして、二人の生活が始まります。
同時に、父親捜しも始まるのです。

ちょっと「菊次郎の夏(北野武監督)」を思い出しました。

本作は、ダルデンヌ兄弟が日本で開催された「育児放棄に関するシンポジウム」に参加したことから着想を得たと聞きました。
「育児放棄=ネグレクト」です。
本作の父親は、まさに育児放棄。
実の子であるシリルに、しかも慕って近づいて来るシリルに、信じがたい言葉を浴びせ続けます。
ここまでやられると、これは一種の「病気」ではないかと思います。
確かに子供は時に「重荷」…これは、よく分かりますよ。時間もお金もすべて子供に取られます。育て上げねばならない「重責」も相当なものです。仕事がうまくいかなかった日の夜なんかは、まともに子供の顔が見られません。
子育てとは、そういう過酷なものです。それは、よく分かります。
が、苦難の端にわずかに光る「幸福感」もまた、かかけがえのないものでして…
自分の子供の可愛さは、どんなに子供嫌いであっても余りあるものです。
それが…世の中には、それが完全に欠落した人がいるのです。
生活が苦しくたって、実の子を見殺しにするのは狂気の沙汰です。
しかも、『パパ、パパ』と探し求めてくる実の子供を追い返すようなマネは…ちょっと尋常の心理ではないと思います。これは、全く共感することはできません。
これは、一種の「心の病」としかいいようがないのです。

   無題1


明らかに追い返そうとしている父親に、食い下がるシリルが痛くて痛くて見ていられません。
電話してもいい? ダメなら電話してよ。ボクの…電話番号をメモしてよ…

ちょっと「誰も知らない(是枝裕和監督)」を思い出しました。

サマンサは、苦しみの果てに自傷に走るシリルを抱きしめ、しっかりと受け止めます。
シリルは非常にわがままでもあります。
もちろん、父親に見捨てられるという状況ですから、やさぐれる気持ちはわかります。
普通、実の子でもない子どものわがままを、他人がそうそう聞き入れられるものではありません。ましてや、今後ずっと面倒を見ていくなど、簡単にはできませんよ。
サマンサはシリルに、「本当はしっかりした良い子」という影を感じたのではないでしょうか。
実は、私も序盤からそう思いました。
なぜなら、きちんと「あいさつ」が出来る子だから。
「ありがとう」「すみません」と、きちんと大人に対応している姿から、なんとなくそう感じました。
父親を探すための彼の手段・手口からは、とても頭が良いということもうかがえます。
本当は、とても好感の持てる少年なのです。

サマンサは、自分の恋人よりもシリルを選択します。
しかし、そんなサマンサの気持ちも顧みず、シリルは少しずつ悪の道へ傾いていきます。
シリルには、その自覚はなかったのかもしれません。
ただ、孤独を埋めてくれる友人が、たまたま悪人だっただけのことで…。

ところで、シリルが巻き起こす強盗事件は、やや説得力に欠ける描写で、本作唯一の不満点です。
ここまでリアルに物語を紡いでおきながら、シリルが全くもって強盗に成功する人物に見えませんでした。
バットで軽く撫でた程度で、相手が失神するのは正直コントみたいでしたよ。
(ついでに言うと、シリルが悪友の家でPS3のテレビゲームをするシーンがあるのですけど、「ゲームが子供を暴力的にする」というステレオタイプな主張が垣間見えて、そこもあまり好ましくないですな)

友人のためにやっただけだから…と、強盗で得たお金の分け前をいらないと突っぱねるシリルの疑似友情ごっこも、彼の孤独感を浮き彫りにさせますが、無理やり悪友に渡された分け前のお金を、「二度と来るな」と言い放つような父親に差し出すシリルの諦めの悪さと渇望感が、泣けて泣けて仕方ありません。

映画の終盤では、仲違いをしていたシリルとサマンサに笑顔が戻ります。
が。
このままハッピーエンドかと思わせといて、最後にとんでもないことが巻き起こります。
「因果は巡る」
一度犯した過ちは、そう簡単には洗い流せないということなのでしょうか。
「一度失った信頼を取り戻すには、相当な落とし前がいる」のでした。
やはり本作は、決して甘い映画ではないのです。

   無題2


最後に、シリルの自転車について。

まー、とにかく一番言いたいのは、「自転車にカギをしろよ!」ということ。
よく盗まれる盗まれる。

自転車は、シリルにとっての家族です。パパの面影です。
それを守るために必死のシリルだけれど、施錠をしないという不器用さと不安定さ。すぐ、なくなります。

自転車は、シリルにとって人と自分をつなぐ絆です。
自転車を取り戻してくれたサマンサ。自転車を盗まれたために縁ができた悪友。

自転車は、シリルにとって感情です。
哀しい時は暗闇を走ります。楽しい時は川辺に沿って懸命に漕ぎます、愛しい人と横並びになって。お買い物になんかにも行っちゃったりして。シリルが倒れる時は、自転車も…。


こうして自転車は常に、物語に大きな意味を持って登場します。

さて、本作では、やや鑑賞に覚悟がいる場面が続きますが、しかし紛れもないリアリズム(一部のぞく)の傑作です。
最後に訪れるのは、幸か不幸か。
ハラハラしながら見ることをお勧めします。
87分と短い上映時間も素敵な、ほろ苦い人生劇場。おすすめです。


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Posted on 2013/02/11 Mon. 10:50 [edit]

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