素人目線の映画感想ブログ

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ルビー・スパークス 男は、人形を愛せない。 


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 ルビー・スパークス
 (2012年 アメリカ映画)80/100点


(ネタバレしてます。)


「リトル・ミス・サンシャイン」の監督(ジョナサン・デイトン&ヴァレリー・ファリス…夫婦!)と「500日のサマー」のスタッフが結集! という宣伝で注目された作品です。
私も、両作品とも好きでしたのでまんまと釣られてみましたよ。

キュートでカワイイ恋愛が描かれていると思わせておいて、突如ジェットコースター並みに落としていく展開は、最近よく見かける「草食系男子」「気まぐれ系女子」の織りなす「あるある」系の皮肉に満ちた恋愛物語。
途中、ホラーチックなほどに背筋を凍らせる展開まで見せ、恋愛の恐ろしさや人間の身勝手な欲求を描きます。なーんて、深刻そうですけど、基本は「ふわふわ展開」なのでご心配なく。…がしかーし、決して油断してはいけない。心して見るのじゃ~(どっちゃねん)

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あらすじは、「小説家のカルヴィン(ポール・ダノ)は、新作の執筆が思うように進まない日々を送っていた。ある日、夢の中で自分の理想とする女性が現れ、目覚めた後に、その女性を登場人物にした小説のアイディアがあふれ執筆に夢中になる。すると、ルビー・スパークス(ゾーイ・カザン)と名付けたその女性が、突如現実世界に現れる。」というお話。


あらすじだけ見ると、かなり荒唐無稽です。
実際に本作を見てみると、やはり荒唐無稽でした。
男子の願望を全て叶える「女性」が目の前に現れるという、完全なる男子目線の映画だと思われそうです。
カルヴィンは、突如として何の前触れもなく、タイプライターで書き込んだ通りに女性の性格やら何やらを書き換えられるという、「魔法」を手に入れます。
そして、面白い事に、その魔法で現れた女性・ルビーは、カルヴィンのみではなく、他の人間の目にも見えるのです。
当初、「自分の気がおかしくなったせいだ」と嘆いたカルヴィンでしたが、他の人もルビーを認識できる(つまり実物だ!)と分かった瞬間から、狂乱なほどの喜びに浸るのでした。ザ・純朴。
しっかり者のカルヴィンの兄は、現実的です。
「あいつは詐欺師に違いない」とカルヴィンに忠告し、「そんなバカな魔法があるわけないだろ」と叱責します。
うむ、当然のことですわな。カルヴィンの兄貴の冷静さは、非常に頼もしいです。カルヴィンも兄貴を見習い、もっと現実的な目線を持たねばならないと思うわけですよ。
兄は、この詐欺師の化けの皮を剥ぐべく、カルヴィンに命じます。「ルビーはフランス語が堪能だ」とタイプするよう指示するのです。
すると…。
あろうことか、突然ルビーがフランス語をぺらぺらとしゃべり始めるのでした。
その直後。
狂乱して大喜びする兄!
お前ら、間違いなく兄弟やな!
一転して、嬉々としてルビーを受け入れるのでした。
順応性早いなー。
そして兄は、その「奇跡」に対し、全人類の男子を代表し、妄想全開な企みをカルヴィンにたくすのです。
「男として頼む。この奇跡を無駄にするな!」
必死か。
気持ちは分かるが、必死か。

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しかし。
ここでカルヴィンが兄貴の言うがままに、「ルビーのスタイルを良くしたり、性格を良くしたり、エッチにしたり、なんだりかんだりラジバンダリ」するような男であったならば、本作は単なる外道な男子目線の映画で終わっちまうところだったでしょう。
しかしカルヴィンは、非常に繊細で真面目で堅物な男です。兄の思惑とは反対に、現れた時点でのルビーをそのまま受け入れ、一切ルビーを書き変えることはしないと誓うのでした。

ルビーは、そこまで美人というわけではなく、あくまで素朴な可愛らしさなのが良かったですね。これが、キャメロン・ディアスだの、スカーレット・ヨハンソンだのといった感じだったら、至極つまんなかったでしょう。「500日のサマー」のサマーも超美人ではないところが良かったので、このスタッフ陣はよー分かっとるのー!

さて。

夢のような日々が続くカルヴィンとルビー。
しかし、ほとんどの現実の恋愛がそうであるように、残念ながら次第に二人の関係にも「慣れ合い」から「退屈」が生まれだし、いつしか「不満」がこぼれるようになっていきます。ああ…無情。

もともと、カルヴィンが書いていたルビーのキャラクター設定は、「気まぐれ」で「情緒不安定」というもの。
徐々に憂鬱そうな顔を見せ始め、同棲生活も解消され始め、カルヴィンのいない所での夜遊びが増え始めます。
「このままでは、捨てられる」
危機感を募らせたカルヴィンは、ついに封印していた「魔法」に手を出すのでした。

「自分(カルヴィン)なしではいられない」と、ルビーを書き変えるカルヴィン。
さらに、「常に笑っている」と、ルビーを書き変えるカルヴィン。

そうすることで、望むままの姿になったはずのルビーですが、カルヴィンにとって、なぜか逆にルビーの魅力がなくなっていきます。つまり、思い通りにいかないからこそ、愛情の執着が強化されるわけですね。これも、普遍の真理。

この辺りは、ちょっとしたプログラミングの罠にハマったような感覚です。どう書き変えれば、果たしてルビーが「望み通り」になるのか。全く分からなくなったカルヴィンは思い悩みます。
兄は、「元に戻った」と書き換えるように言いますが、そうすれば、きっとカルヴィンは捨てられてしまうのです。

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そう、もはやこの恋愛は、とっくに「終わっている」のでした。

終わってしまった恋愛を、何とか取り戻そうとするカルヴィンの姿がとても切なく感じました。
さながら、死んだ人間を生き返らせようと必死になっている、マッドサイエンティストの様相でした。
そして、無理やりに生き返らせた人間が「ゾンビ」となってしまうように、無理やりにカルヴィンの元に居させられているルビーもまた、もはや人間ではなく、「ゾンビ」と同じ不気味さを醸すのです。

本来の彼女ではない「不気味」な姿を見て、全てを悟ったカルヴィンの最後の選択は、「仕方がない」とはいえ悲しいものでしたね…。

「喪失感」に溢れた終盤は、身につまされるものがありました。この辺は演出の巧さです。

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と思いきや。

ラストは安易な感じがしましたねー。スランプに陥った作家が主人公のアメリカ映画って、必ずラストは売れっ子の作家になりますな。ちょっとワンパターンかな。けれど、前述の「喪失感」がこちらにまで容赦なく流れ込んできてつらかったし、まー、カルヴィンは「ええ子」やし。多少は目をつぶろうかな…と思いきやっ。ラストのラストで、とびっきりの甘い展開が待ち受けているとは!
「500日のサマー」は、極めて現実的なハッピーエンドだったので許せました。本作のラストはちょっと出来過ぎでない? これでは、せっかく目の覚めたカルヴィンが空想的な青年に逆戻りしちまいますぜ。

…とはいえね…

実は感動してウルウルしてしまったよ。ラスト爽やかだわ。素敵だわー。
ネタばれなので反転しますけど、「最後に現れたルビーの髪形が、バッサリとショートになっていたのにはやられました。長く会わなかった意中の人がイメチェンして現れるのに、男は弱いからねー
それだけで、もう不満が吹き飛びましたよ。ええ、吹き飛びましたとも。
これはこれで良かったー! …のかなあ?(どっちゃねん)

*ところで、カルヴィン役のポール・ダノと、ルビー役のゾーイ・カザンって実のカップルなんですって。ひゃー、まいったね。


  

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Posted on 2013/06/27 Thu. 00:25 [edit]

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