素人目線の映画感想ブログ

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タイム・オブ・ザ・ウルフ 少年は、世界を救えるか。 


タイム・オブ・ザ・ウルフ [DVD]
 タイム・オブ・ザ・ウルフ
  (2003年 フランス・ドイツ・オーストリア映画) 85/100点


人間の闇を撮り続けるミヒャエル・ハネケの傑作です。
「ファニーゲーム」を観た時には、そりゃあもうゲンナリ具合が半端なかったのですが、捻りのきいた演出や一筋縄ではいかない展開に引き込まれたのもまた事実。その他に、ハネケ作品は「隠された記憶」「ピアニスト」「愛、アムール」「白いリボン」を観ましたけど、どれも描写力には鋭い刃の冷やかさと切れ味を感じました。

ここいらで、残りのハネケ作品を見続けて行こうと思い立ち、まず手に取ったのがハネケファンに人気の本作だったというわけで。

あらすじは、「水や食糧がほとんどなくなってしまった世界。人々は、この世界からの脱出を試み、希望の列車を待つ。しかし、人々は諍い、そして、幼い子供は死んでいく。それを、じっと見つめる一人の少年がいた…」というようなお話。

タイム2


素人目線的にハネケ作品を一言で言うならば、「うへえ」加減が絶妙!

過酷なシチュエーションに思わず「うへえ」となること請け合いです。とはいえ、悪趣味に感じるような下世話な「うへえ」ではなく、人間心理をあぶりだして見せるための仕掛けとしての「うへえ」であり、先の展開に興味を抱かせ、目が離せなくなるような上質な(?)「うへえ」なのであります。
また、映像の美しさと鮮烈さも非常に目を引きます。
本作もしかり。
特に家族(さらには小さな子供あり)を抱える者は、この映画に登場する家族の過酷な状況に、「うへえ」ボタンがあったら何度も「満うへえ」を献上してしまうことでしょう。ただ、この世界の彼らにメロンパン入れを差し上げても、いやがらせ以外の何モノでもないけどね!

それでは、本作に点々とある「うへえポイント」ごとに書いていきたいと思います。
<完全にネタバレです!>


・序盤に一家の大黒柱が殺されて「うへえ」
父親と母アンヌ、中学生くらいの娘エヴァ、小学3,4年生くらいの息子ベンは、食糧を持って自宅へ帰ってくると、別の家族が居座っていました。しかも、ライフルを構えて「食料を置いて出ていけ」と脅します。

出た! ハネケのライフルは大変危険です。注意しましょう。私は「ファニーゲーム」で散々な目に遭わされたばかりなので、めちゃくちゃ緊張し構えましたよ。
案の定、父親はあっさりと撃たれてしまいます。序盤いきなりの過酷さです。父親役の役者さんにとっては、台本2ページ目くらいで退場が書き込まれていて、「オレ、そんだけかい!」と思わず吹いたのではないかと思ったくらいです。
おまけに唐突すぎて怖いです。
「なんなら、食糧分けてあげ」 ズドン! …って。
興味深いのは双方のリアクション。アンヌは茫然自失で言葉もないんだけど、撃った男の妻は泣き叫びます。過酷な目にあった側はかえってすぐには現実として受け入れられないというような。一瞬、「なんだこれ」と自問してしまうというような。

相手は決して強盗ではありません。アンヌ側と同じような「家族」です。小さな子供を抱えています。普通の家族持ちが、生き残るために平気で人を殺す。
序盤のこの場面で、本作で描かれる世界が、日常を維持できないほど過酷な状況下であることを悟らせるのでした。


・この世界でいきなり母子家庭になってしまう状況が「うへえ」
父親を亡くした一家は、あてもなくさまよう事になります。警察も全く機能しておらず、奪われた家を諦めないといけません。おまけに、母親は子供たちを食べさせなくてはならない。食べ物を分けてもらうため、母親は家々を訪ねて回ります。その時の母親の心境たるや、想像にできないほどの「心細さ」でいっぱいだったと思います。もちろん、子供たちの不安もそうです。こういう場面は、実際に子育てをしている者にとっては観ているだけで苦しいものです。自己をこの母親に投影してしまい、自分の子供を投影してしまいます。こうなってしまったら盗みだって殺しだって…極限に立たされた親とは、冒頭のライフル男のように、子供の為ならなんだってやってしまうかもしれません。


・本当の闇の中で、子供が行方不明になることに「うへえ」
次々に容赦ないですな。小さな小屋で寝泊まりすることになったアンヌ一家ですが、深夜に目を覚ますとベンがいません。外は街灯のない真の闇です。藁を燃やして灯りを作りますが、自分のほんの周りしか見えません。闇に向かってベンの名前を叫ぶアンヌとエヴァの恐怖心が痛いくらいに伝わります。つい最近、うちの三男坊が学校から帰ってこないと大騒ぎになって探し回ったことがあります。結局、公園で遊んでいただけだったのですが、探し回っている時の恐怖心たるや…子供の失踪事件はよくありますが、親は身体が張り裂けるほどの気持ちだと思います。

タイム


もうここまででお腹いっぱいの気分です。もういい、「うへえ」はいいよ…と。

しかし、一筋の希望が舞い込んできます。
「希望の列車」の存在です。

その列車に乗り込めば、食糧のある場所へ移動できるかもしれないと。
デマかもしれません。その希望にすがる家族のささやかな希望がまた、「うへえ」となるのでした。なんたってハネケですから。そう簡単に行くわけはないのでした。


・人が集まると必ず起きる諍いに「うへえ」
初めは、一家と同じように列車の到着を待つ小さな集団での生活でした。その中でも、持つ者と持たざる者で、支配・非支配の関係は生まれます。人々はいらだち、些細な事で言い争いが起こります。人と人の絆…。自分が生き残れるか分からない状況で、そんなものがあり得るのか? 映画は、大層意地悪く、そう問うているように思いました。

やがて、大量の人々が流れ込んできます。小さな集団では大きな顔をしていた男も、たちまち新たな大きな集団に呑みこまれます。盗みもあれば、差別も起こります。自分たちの寝床であった場所を、平然と奪い取られアンヌは憤慨しますが、巨大な人の流れは止めようもありません。ここには、助け合いはないのです。

これ、欧米の人たちの感覚として当然なんでしょうね。余談ですけど、東日本大震災の時に、日本人の助け合いや冷静さ、秩序だった行動が世界各国で称賛されていました。多少、過剰な受け取り方のような気もしますが、ものすごい奇跡を目の当たりにしたような報道がされたようです。私は斜めに言えば、単純に「礼節が優れている」だけではなくて、世界で最も「人目を気にする文化」だからだと思いますが、ハネケ監督は、その報道を見てどう思っただろうかなあとちょっと気になったりもしました。

さて。
本作では、本来、模範となるべき大人たちの醜い姿を子供たちは目にします。大人の諍いは子供を傷つけます。そこに、未来への希望が断たれてしまう恐れを抱くからです。大人の焦燥は、子供を動揺させます。大人以上に、どうしようもない状況であることを悟るからです。
それは、自分が「無力」であることを知っているからでもあります。

タイム3


・病気の子供がいるのに水がない状況に「うへえ」
書いているだけで「うへえ」となってきました。
水が無い、というのは人間を本当にへこませます。ある家族は、子供が病気にかかっているのに水がありません。水を売りに来た業者にすがりますが、水を譲ってもらうことは出来ません。しかし、ある意味仕方がないのです。業者も、自分の命がかかっているのですから…。たまりかねた同居人が時計を差し出し、物々交換を申し出ます。「おっ! やるじゃん」と喜ばせるのですけど…業者は「この時計が別の所で売れたらまた来るよ」とその場で水を渡してはくれませんでした。
病気の子供を持つ母親の狂乱ぶりが、観ていられませんでした。

タイム4


さて。
実に、これまで数多くの「うへえ」ポイントがありましたが・・・つまりはこれは全て、少年ベンが感じた「うへえ」でもあるのです。
また、唯一信頼できる大人であった亡き父親に手紙を書くエヴァの「うへえ」でもあります。

救いのない世界をたくさん目の当たりにしてしまったベンとエヴァ。

そして。
ベンは、ある覚悟を決めます。

それは、ある男から聞いたこの世の理の寓話。

誰かが焼け死ぬ事で世界が救われる物語。

少年ベンは、焚火の前に立ちます。ゆっくりと服を脱ぎます。

小さな身体が、神秘的でさえある炎に照らされます。

もう大人に任せてはおけない。
彼は、果たして火の中に身を投じる事で世界を救いたかったのでしょうか。

ほんの小さな少年に、そんな途方もない覚悟をさせた「大人」が憎い。

大人って…

「大人のふりかけ」のCMに出てきたフレーズではありません(古いが)。

大人って…残念ですね。

タイム5


しかし。

ちょっとこの先の展開に、ハネケ監督の憎たらしさがありました。

てっきり、ベンが全うしてしまうものと思い、目を細めて俯き加減に観ていたのですが…。
一人の男性が彼の姿を見つけます。
男性はベンを抱きとめ、「もういいんだ、気持ちだけでいいんだ」と彼を慰めるのです。

残酷な展開を澄まし顔でさらりとやってみせるハネケ監督。ここにきて、ツンデレ…もとい、救いを出してくるとは!
そこが、通りいっぺんにならないハネケ監督の深みでもありますね。

少年の覚悟に驚嘆した男性は、反省をすることでしょう。それは、ひょっとすると反省のうねりを巻き起こし、人々の心を変え、世界を変えるかもしれません。少年ベンは、世界を救ったのかもしれません。

直後、カタンコトンと進む「列車」からの風景が流れるラストカットは、一切何事も語らないものの、間違いなくそこには、静寂で美しい…平和がたゆたっていたのでした。


 

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Posted on 2014/05/21 Wed. 23:57 [edit]

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