素人目線の映画感想ブログ

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※ネタバレがある時は、必ず<赤字>で標記します。

ゴジラ ゴジラは、日本人のトラウマだ。 


 Gojira_1954_Japanese_poster.jpg
 ゴジラ
 (1954年 日本映画) 80/100点


1954年の作品です。
なんと太平洋戦争の終結から、10年と経っていません。
それでいて、この映像のクオリティと斬新なアイディア。
そりゃあ、当時鑑賞した人はびっくり仰天だったことでしょう。
本作は、この先無数に作られることとなる「ゴジラシリーズ」の最初の作品であり、かつ、最高傑作だと世界中が認めている大傑作です。
絶賛公開中のハリウッド版「godzilla」の監督・ギャレス・エドワーズは、本作へのリスペクトから、本作のエキスを新作に投与していました。

ただし。

当時の鑑賞では「凄かったであろう」本作ですが、現代のパニック映画のテンポやCGやVFXの映像に慣れていると、もちろん「古さ」は否めません。そもそも白黒映画ですしね…。ただ、本作の根底には、「人間の業」や「核への恐怖」など、単なる娯楽作品に終わらない深いテーマ性があります。

その点を意識して鑑賞しないと、「古いなあ」というスッカラカンな印象になってしまいますので注意が必要です。

あらすじは、「水爆実験の影響により、ゴジラが目覚める。海上の船を襲い、ついには東京へ上陸。街は火の海と化す。あらゆる攻撃が効かないコジラを倒すには、芹沢博士が持つ恐ろしい兵器を利用するほかはなかったが、博士は頑なに、その使用を拒否するのであった…」というお話。

   ゴジラ


もう今更書くのもおこがましいですが、本作は娯楽大作でいて、社会派のメッセージが込められています。
それは、「反核」です。
実際に起きたビキニ環礁での水爆実験で、日本の漁船が被害を受けた時代です。
その水爆実験により、恐ろしい怪物である「ゴジラ」が目覚めるのです。
悲しい事に、水爆実験を行った国に「ゴジラ」が上陸するわけではありません。
水爆の被害を受けていた日本を、さらに追い打ちのごとく「ゴジラ」は襲うのです。
ゴジラが、いわば神々の審判であるならば、「こっちじゃないよ、あっちあっち!」と教えたくなるような不条理な所業ですが、本作には、いつだって被害を受けるのは罪のない一般人だ、という批判精神も組みこまれているのでした。

「ゴジラ」が歩いた場所は、「放射線量」が高くなります。
ゴジラが出没したという島での調査では、ガイガーカウンターが異常値を示していました。
ゴジラの被害にあった町の子供たちも、被ばく線量が計られ、異常値が測定されているのです。

あ…これってまさに…。

今、日本が直面している「原発事故」そのものの予言ではないですか。
1954年に警鐘として表現されたそのものが、まさに今現実で起きているとは。
これほどまでに「放射線」に対し、「核」に対し、しっかりとした恐怖心を持ち、問題意識を高く持ってきたはずの日本人が、結局、「放射線」で苦しむ結果になるとは…。しかも本作品で描かれるのは、他国の「水爆実験」への批判であるにも関わらず、現実に起きたことは、日本国内の原発事故が原因だったとは、皮肉にしてもほどがあります。

それにしても、放射線が町中にはびこる恐怖を、「ゴジラ」という架空の怪物を使ってリアリスティックに描いて見せた、その鋭さと重み。
この直接的で、非常に濃いメッセージ色に比べると、ギャレス・エドワーズ版は、確かに中途半端であったと再認識してしまいますな。

さて。

第2のテーマは、「反戦」といわれています。
しかし、これに関してはやや疑問があります。
本作は、戦争が終わって数年後の作品です。戦争の痛手の記憶が生々しいこの時期に、ゴジラによって焼野原にされた町並みを描写することは、当時の制作者の思惑としては、「反戦」を訴えたかったというより、単に恐怖心を煽るための演出装置だったのでは? などと思います。

それにしても。

本作において、ゴジラは人類(とりわけ日本人)にとって、「災厄の象徴」そのものです。一説には、「台風(自然災害)」も含まれているということです。(序盤に襲われる島では、ゴジラの出現とともに暴風雨が吹き荒れていました)
後にゴジラは「正義」の側面を持ち始めますが、本作では「人類に災いをもたらす絶対悪」なのです。

政府に見解を求められた古生物学の山根博士(志村喬)は、ゴジラを殺すことに反対でした。
「水爆さえもはねのけるゴジラを生物学的に研究する必要がある」と述べるのです。
おおよそ、登場人物の大半はこの意見に反対します。
そりゃそうです。多大の犠牲者を出しているゴジラを生かして研究することなど、実質不可能。人間に捕えるほどの力があれば別ですが。山根はさすがに、最後の場面では反対はしなくなっていました。やはり彼もまた、否定できぬほどの「ゴジラによる被害状況」に震えていたに違いありません。

一切の銃器による攻撃が効かず、次々に建物を破壊していくゴジラ。
この辺りの描写は、もちろん今見ると「古い」ものの、時代を考えると、逆によくぞここまで作ったなと思うほど素晴らしい破壊描写だと思います。ミニチュアの建物の精密なことといったら、相当な技術だと思いました。
ゴジラの足が身近まで迫る恐怖が、存分に感じられる特撮です。
ここで、ちょっとよく見る夢を思いだしました。ゴジラが出てくる夢です。ゴジラが迫ってきて、それを避けるために、くるっとゴジラの背後に回り込んで逃げたりします。そうすると、くるりんとゴジラがこちらに方向展開し、うわわーってなるのです。あのリアルな夢の恐怖心を思い起こしました。
そして、当然ですが、本作では人々が次々にゴジラに殺されていきます。
子供を抱える母親が死を覚悟する場面もあり、死の直接的な描写はないものの、痛烈さにぎょっとしました。

本作は、そういう意味でも容赦がありません。その点も、実はリアリズムがあり、名作と言われるゆえんだと思います。

   ゴジラ2


ゴジラを倒すべく投入されるのは、「オキシジェン・デストロイヤー」というプロレスラーの悪役のような名称の兵器です。
これは、戦争で片目を失った芹沢博士(平田昭彦)が、個人で密かに開発していた秘密兵器です。
かつて許嫁であった山根教授の娘・恵美子(河内桃子)にだけ、その兵器の存在を知らしめます。そのあまりの恐ろしい威力に、恵美子は顔を覆って叫ぶのです。
しかし。
博士は、この兵器をゴジラに使用することを頑なに拒否します。「こんな恐ろしい武器が世に知れたら、また戦争の兵器になってしまう」と。
だったら、はなから見せないでよ! という疑問は置いといて。
ちょっとボクのスゴさをエミちゃんに知ってほしかったダケ、という可愛らしい本音もあったのでしょうが置いといて。

博士、んなこと言ってる場合かよ! 今がまさに戦争状態でしょーが! とは思ったけれど。

戦争を終わらせるために「過酷な兵器」を使用するということに、原爆のイメージが見事にかぶさりました。本作はことごとく、日本人のトラウマをえぐり出そうとしているかのようでした。
そういう意味では、ギャレス版ゴジラでは「原発事故」を扱っていたので、その心意気だったのかもしれませんね。


(ラストのネタバレします。)


芹沢博士は、本作の主人公である南海サルベージ社(遭難船救助)の尾形(宝田明)と恵美子の説得や、平和を祈る少女たちの願いの歌によって、ついに兵器の使用を決心するのでした。

ゴジラが骨になっていくという衝撃の姿は、初めて知りました。
恐るべし、オキシジェン・デストロイヤー。
さらに衝撃的なのは、この兵器の全ての設計図を燃やした芹沢博士が、最後にはゴジラとともに死を決意する場面です。自分の頭の中には、設計図がまだ残っているということです。それを、完全に消去したのでした。

ゴジラの死に歓喜する人々をよそに、山根博士は言います。
「あのゴジラが一匹だけとは思えない」と…。ズバリ御明察なのでありました。
あれから60年たった今でも、「ゴジラ」は現れています。
世の中に「核の脅威」がある限り、「ゴジラ」は警鐘を鳴らすために現れ続けるというのでしょうか。
しかし残念なことに、もはやゴジラが現れようと現れまいと関係なく、日本では「放射線」や「汚染水」が日々垂れ流されていくことになったのです。これは、さすがの山根博士さえ想像しなかった事態に違いありません。

   ゴジラ3


とかなんとか、まとめたところで。


最後に実は…こんな名作に恐れ多い事なのですが、気になった個所もちらほらありまして。
それは、前述したように現代の映画に慣れてしまったからのことなので、大変野暮なんですけど。
手放しで褒めるばっかりなのも面白くないので…少しだけ!

・よく名場面と言われる、丘の向こうに「ゴジラ」がぬっと首だけ出す場面。
私はあまりに唐突で奇妙に感じました。「オレだよっ」って感じで軽くて。あんな巨大な怪獣が歩いて向かってくるのに、直前まで全く気付かないなんてありますかね。ゴジラぐらいの重量のものが動いたら、相当な振動と音が…とか思ったり。

・主人公・尾形が極めて地味です。
難破船の救助隊という役割ですが、動きがほとんどありません。実はゴジラと対峙する事すらありません。最後は活躍しますが、そもそも軍人でもゴジラの討伐隊でもない彼が、なにゆえ芹沢博士を説得するのか動機がよく分かりません。さらに、彼がなにゆえオキシジェン・デストロイヤー使用の実行者なのかも…? 立場的に言えば、随分でしゃばりのような気がして。
あと心なしか…、演技が棒読みのような気がするのですが…。

・尾形と恵美子、芹沢博士の三角関係も描かれています。
ほんのわずかにですけど。恵美子が芹沢博士との約束を破り、尾形に兵器の秘密をバラしたところは、何となくハラハラしましたよ。「ぼ、ぼくとエミちゃんだけの秘密だったのに…」ってならないかなーって。彼が兵器の使用をやたらと固辞してみせたのは、それが一因しているような気がしないでもなく…。
そんなことは露ほどもお構いなく、正義ヅラした顔で「使わせてくれたまえよ」とのたまう尾形を、思わず、「このでしゃばりめ!」とポコっとやっちゃった芹沢博士の気持ちは、痛いほどよくわかります。

・テレビ塔のアナウンサーのプロ根性。
ゴジラが目の前に迫っても、最後まで実況を続けています。
「みなさん、さよーならー」ってところは、実はくすっと笑ってしまいました。
このプロ根性は、天下一武道会のレフェリーに匹敵。

・戦闘機のミサイル
当たらない! ヘタくそか!? と思いました。
「1998年のハリウッド版」では、ゴジラが橋のロープに拘束されて初めてミサイルを当てられましたけど、本作では、ゴジラが動かないのに当たらない! パイロットはあとで相当怒られたと思う。

・実は「危機感」が希薄。
ゴジラの居場所を探るため、「放射線量」の高い場所を測定し特定しますが、そんな恐ろしい場所に、みんな無防備で集まるのはいかがなものか。そもそもゴジラが潜伏している東京湾に、素人の恵美子まで出張ってくるなんて、君までなんたるでしゃばり度合いか。(さらに言うと、重要任務で潜水した尾形と芹沢のロープを、恵美子と山根博士がフォローしている!?)


ということで、名作を茶化していると怒られそうなので、これにて。
今回、「ゴジラ」の原点を鑑賞し、是非この精神をもう一回奮い起し、日本人こそがもう一度「ゴジラ」を作るべきじゃないのかな、と感じました。

特撮技術なんかハリウッドに負けていいから、テーマ性の濃い「ゴジラ」を!


  

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Posted on 2014/08/26 Tue. 13:56 [edit]

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 |  # | 2014/08/29 11:24 | edit

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