素人目線の映画感想ブログ

素人による、素人のための映画感想・レビュー。 映画文法や方程式なんのその。

LIFE! 「日常」にだって価値はある! 


 LIFE!/ライフ [DVD]
 LIFE!
 (2014年 アメリカ映画) 70/100点


自分を変えたい、殻を破りたい、人生をもっと価値あるものにしたい。
でも、実際は社会の歯車のひとつとして、ただ無機質に、決められた通り動く毎日に終始します。
やってられっかバカヤロー。全部ヤメだ、ヤメヤメ。
うるさい上司に一発文句をかまし、腐りかかった日常から飛び出して、自由に派手に大空を舞う事ができたなら。

本作は、そんな願望を抱えた主人公が、ついに実行し大冒険の旅に出るというお話。

劇場公開時から、巷での本作の評価は高いと聞いていました。
だけれども、鑑賞しようとする気持ちが鈍っていたのは、本作の予告編や評価から匂ってくるド直球のポジティブシンキングにたじろいだからです。
アメリカ映画の自己啓発モノって、どうにも素直に受け止められないのです。

ひねくれた見方なのだと自覚しています。

していますが、鑑賞中、苦々しい思いが湧き起こったのはただの妬みなのでしょうか。

あらすじは、「『LIFE』という雑誌の写真ネガを管理する主人公・ウォルター(ベン・ステイラー)は、日々地味な生活を送っては殻を破る自分を妄想して過ごしていた。ある日、その『LIFE』誌の廃刊が決定されるが、カリスマのカメラマン・ショーン(ショーン・ペン)の撮影した最終号の表紙の写真ネガを紛失してしまう。リストラの風が吹き荒れる社内の混乱の最中、ウォルターはショーンに写真の在り処を聞き出すべく、ついに冒険の旅に出る…」というお話。

すていらー4


(ネタバレしています。)


本作の最も素晴らしいところは、映像にあります。
ウォルターの荒唐無稽な妄想描写もすごいですが、中盤から展開するグリーンランドやアイスランドの風景が凄い。
そもそも、この二つの国に関し、私なんぞ「人って住んでたんだ」レベルの知識しかないもので、見たことのない素晴らしい風景には興味津々でした。
アイスランドは、グーグルマップでも風景を見る事ができますが、映画と同じく、果てしなく続く澄み切った大自然の中の舗装道路が印象的です。そりゃあ、こんな場所を旅する事ができたら、人生観が変わるかもしれないな…とは一瞬思いましたよ。

本作の監督は主演でもあるベン・ステイラーですが、彼は、「誰も行ったことのない場所を舞台に」と、この二つの国を選んだとのこと。観客にも「新鮮な気持ち。冒険している気持ち」を湧き起こさせる仕掛けなのだそうです。

そんで…だからこそ、なんですが…想像も及ばない場所の設定なもので「現実味が乏しい」とも感じたのでした。

いや、ひねくれた見方なんだとは思うのですが。

意外に…この物語に共感できないのです…。

突拍子もない冒険ファンタジーとして観るなら、もっと素直になれたことでしょう。
しかし、本作では鑑賞者に訴えてくる「人生を変えよう」的なメッセージの匂いがします。「ほら、そこの君、うだつの上がらない君のための映画だよ。彼を見習って、君も一歩を踏み出したまえよ」と刷り込んでくるのです。そう…「本作を観て、主人公のように勇気を出せば、きっと現実を変えることができる。なぜ君はそれをしようとしないwhy?」という感じが、とってもイヤ! …なのでありました。

そうなんです。本作は、アパレル店で店員が寄ってきたらすぐに店を出るタイプや、人から誉められたら裏があるような気がしてならないタイプや、いい事があっても逆に明日はわからんと身構えるタイプの人にはおススメできません。あーオレか。

ステイラー


どうして、こんなに私の心に拒絶反応が起きたのか。
その部分を分析してみようではありませんか(ひかれる覚悟で)。
ただし、下記のような文句が出てしまうのは、私が「常識」を破れないでいるつまらない人間だからでは…? という迷いも片方では持っていますので、どうか本作に感動した方はお気を悪くなさらないでくださいね。すみません。

ってことで! いくでー!

・上司にも報告・相談せず、海外へ高飛びする主人公。
普通、これだけで首です。同僚にも知らせず、音信不通のカメラマンを求めてグリーンランドやアイスランドに好き放題飛び回ることが、果たして正しい選択だったのでしょうか。結局写真は身近にあったわけですから、冒険うんぬんの前に思慮が浅かったのではと言わざるをえません。第一、実際はどうなのか知りませんが、大事なネガをカメラマンが送ったならば、一報入れてもらう約束をしておくべきです。「送った?」「うん、明日着で」みたいなね。冒険うんぬんの前に、段取りをきちんと取り決めていないことが―ガミガミガミガミ。

・結局、運がいいだけ。
サメに食われなかったのも、スケボーと人形を交換できたのも、火山の噴煙を免れたのも、写真の謎が解けたことも、カメラマンに出会えたことも、大事な財布をなくさなかったことも、全てが「幸運」です。普通なら死んでいます。もし、この映画に触発されて冒険に出た人が被害にあったら、どう責任をとるのだと思ってしまうのでした。いや、これ重要ポイントです。主人公の勇気は認めます。だけれど、極度の「運」の良さで事態を乗り越えているだけです。それなのに、「このように頑張ればいいのだよ」というエールを送ってこられても、いやいや、そりゃ映画だし。と、頑なな私の心はさらに太い鎖で巻かれて閉じこもるのでした。つまり、本物の人生にとってはひとつも参考にならないのですよ!

・たまたま誤解が解けただけの、好きな人とのこと。
ぜーんぜん成長していないじゃないですか。主人公は職場の同僚であるバツイチ・子持ちのシェリルに恋をしていますが、シェリルの家に行ったら前夫がいて、それだけで「あーヨリ戻したんだー、やっぱねーオレなんかねーオレなんか…」ってウジウジしているだけ。それが、終盤でたまたまバッタリ出会ったシェリルに、なんで音信不通になったのかと問われた後、ようやく「前夫に冷蔵庫を直してもらってただけ」と誤解が解かれます。ザッツ、他力本願。
これ、物語の終盤でこの展開ですから、結局、彼は何も変わっていないのでは? と思ってしまうのでした。成長したと言うならば、もっとガッツリと自分から確かめるなりすればいいじゃないですか。なのに、自ら音信不通になって拗ねているだけというのはいかがなものか!? (もちろん、上司に啖呵を切ったり、多少強くはなってはいるのですが…もう辞める会社ですしねえ…)(妄想癖は治りつつあるようですけど)


(ラストのラストの大オチをネタバレします)


・雑誌の歴史の締めくくりを、独り占め。
感動のラストともっぱらの評判です。それは、ようやく見つけた「最終号の表紙写真」がなんとウォルターだったからです。それは、これまで「LIFE」誌を支えてきたスタッフへの写真家・ショーンのねぎらいでした。なのに、写真にはウォルターただ一人。しかも、何とも意図がわかりにくい写真では…ありませんでしたか?
これまで多くの人が「LIFE」誌を支えてきたはずなのに、そのドデカイ歴史の最後を独り占めし、「報われた―! 素敵ー!」などと、どうして感動できるというのでしょうか、私にはわかりません。オレだって、私だって…。そういう声が聞こえてきそうで仕方ないのでした。…っていうか、あの上司がよく承諾したな…。

ステイラー3


ということで、どういうわけか、ひねくれて鑑賞してしまった本作。

無論、映画ですから本作でのウォルターの行動は誇張表現であって、ようは「LIFE」誌のスローガンである「世界を見ること、危険なものを見ること、壁の向こうを見ること、近くに引き寄せること、お互いを知ること、感じること、それが人生の目的だ。」を示しただけなので、なにもそんなに噛みつかなくても…とは思うのですが。

とはいえ、「海外で旅をすれば人生が変わる」という発想に、何とも胡散臭いものを感じてしまうのです。
短絡的な「自分探し」を促していそうで、飲み込めないのです。
さらに言うならば、これって日本人の発想じゃないんです。日本は日本で、素晴らしいスローガンがあるじゃありませんか。例えばさ、例えば…ええと…ええと…、そうそう、「小さなことからコツコツと…」 とか。 (あれ?) 
つまり…別に大それたことじゃなくてもいいんじゃないかと思うのです。日常にもっと目を凝らしたり、当たり前の日々に感謝したりする気持ちがまずは大事じゃないのかなーって思うのです。 

ステイラー2


ところが。

なんと実は、本作の終盤では「いつもの『日常』に胸を張れ」というメッセージも、しっかりと提示されているので驚きました。なーんだ、ちょっと安心した。

そのメッセージは、ショーン・ペン演じる写真家・ショーンから発せられています。(さっきも言ったけど)

本作のショーン・ペンはさすがです。ほんの数シーンしか出てこないのに、異様なほどカリスマ性を感じます。噴煙をあげる火山に向って、飛行機の頭上に立ちカメラを構えている姿は、尊敬を通り越して思わず笑ってしまいました。
たぶん。
ウォルターには、ショーンへの憧れの気持ちがあったのではないでしょうか。世界の隅々を臆することなく飛び回り、携帯電話さえ持たない自由な彼に。だから、自分だって冒険をしたかったのでしょう。
しかし。
ショーンが撮った写真を現像するウォルターがいなければ、ショーンの写真は活きないのです。「LIFE」誌を発刊するスタッフがいなければ、ショーンの写真に誰も注目することはないのです。
都会であくせく働く人がいるおかげで、ショーンの存在価値は認められているのです。
つまり。
ショーンの人生は、カッコよくて素晴らしいものだけれど、ウォルターのこれまでの人生だって十分なほど「意義深い」ものだったということです。

前述した「LIFE」誌の最終号の写真の意味は、実はそういうことなのです。
だから、「冒険」なんてしなくても、ウォルターは自分の人生に自信を持って良いのです!

本作を最後まで見て、私は改めて深くそう思ったのでした。

だもんで!

胸を張って、これからもインドア派の人生を続ける私なのでありました。はい。(結局、これが言いたかっただけだったりする)


  

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Posted on 2014/09/10 Wed. 19:14 [edit]

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コメント

私も観たよ! 

ベンの映画だから、期待せず(笑)に見た。乗っけから、普段、私が空想している事が映像化されてて、驚いた。マジで(笑)で、最後の最後に、何故か泣けたんだよね~。最後は、感動出来た。

URL | 嘉子 #PkjCwQwM | 2014/09/10 20:58 | edit

嘉子 様 

そうですね…素直な気持ちで観たら、ラストは確かに…爽快な映画だと思います。
…すみません。
コメント頂きありがとうございます。

ナイトミュージアムとか、結構楽しく観るんですけどね。

URL | タイチ #- | 2014/09/10 22:33 | edit

 

お気に召さなかったようでww
自分はわりと好きな映画でしたよ。

思うに、こういうことだと思うんですよ。

①どこにでもいるうだつのあがらない主人公に、どこにでもいるうだつのあがらない多数の観客が共感する。
②ひょんなことから、大冒険が始まり、めきめき成長し、本当はやればできるんだという錯覚その一。
③素敵な女性に恋をし、じつはちょっと好意を持たれている、好意を持たれてないと思ったのは本当は早とちりだったんだ、という錯覚その二。
④ショーンという雲の上のような特別な人間が、本当は自分を影で認めていてくれていたという、錯覚その二。

重要な点は、物語のなかでは錯覚ではないけど、観客にとってはあくまで錯覚で、その錯覚が啓発なんではなく慰めなんだということだと思うんです。

寅さんシリーズのからくりもそれだと思ってます。寅さんが普通にイケメンの実業家とかだったら絶対にウケない。しかも、寅さんいつも両思いなのになぜか不思議な理由で毎回振られたり、振ったりするでしょw そんで観客に「あー、あのときのおれもあの女性とうまくいかなかったのは、ほんの行き違いだったんだな」と偉大なる錯覚と慰めを与え続けてくれると・・・。

ただ、表紙の写真は、ウォルター一人じゃないといけなかったんだと思いますよ。スタッフ全員の集合写真だとかえって変ですよね。不特定多数のスタッフたちの写真になっちゃうと、ショーンが表したかった個々人に対する敬意が薄まっちゃう。あくまで一個人の写真で、「スタッフひとりひとり」を表現したかったんじゃないかなと。

ショーンの存在感すごいよね。生まれ変わったらあんな男に生まれ変わりたいw

URL | kenshu #- | 2014/09/11 03:47 | edit

kenshu 様 

コメントありがとうございます。

そうですね、本来なら、そういう見方をすべきところだったのでは?
と思っています。

基本的に、ヨーロッパの辛辣な話の方が向いているので、
アメリカンチックな成功物語が、最近受け付けなくなっているようで…。

確かに、表紙は、末端のように思われているウォルターが載ることで、
「みんなに感謝している」という気持ちを表せているとに気付きました。

ただ、何回も言うように、あの上司がよく許したなあ。

教えて頂き、ありがとうございました!

URL | タイチ #- | 2014/09/11 12:11 | edit

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