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修羅雪姫 タランティーノ・ミーツ・梶芽衣子 


 修羅6
 修羅雪姫
 (1973年 日本映画) 85/100点


梶芽衣子と聞いても、「誰?」と尋ねる方も多い事でしょう。知っていても、せいぜい鬼平犯科帳の「おまさ」しか思い浮かばない方も多い事でしょう。
しかし。
今や「梶芽衣子」の名前は全世界に広がっているのです。
きっかけは、タランティーノ監督作「キルビルvol1」
何を隠そう彼の大ヒット作「キルビルvol1」は、梶芽衣子主演「修羅雪姫」がベースになっている映画だったのです。
タランティーノは、もともと昔の日本映画が大好きな人です。それで「修羅雪姫」とか「女因さそり」などで主演した梶芽衣子をめちゃめちゃ好きになり、「ジャンゴ繋がれざる者」の宣伝で来日した際には、梶芽衣子と対談を果たしました。その時のタランティーノといったら、まー子供のように喜んだり照れたりおどおどしたりと、世界的な映画監督とは思えぬはしゃぎっぷ…まあ、彼はもともとはしゃぐ子ですけども。…そんなもんだから、世界の映画ファンから「梶芽衣子って誰やの?」と問い合わせが殺到。一時期、イギリスの国営放送まで取材に来るほどだったといいます。

ほんでもって。

今回、何がそんなにタランティーノを狂わ…影響を与えるほどだったのかと興味が湧き立ち、ついに本作を鑑賞してみたのであります。

あらすじは、「夫を殺された鹿島小夜は、獄中で産んだ子に恨みを託す。雪と名付けられたその娘は、厳しい修行の末、仇(かたき)を討つための旅に出る」…というお話。

仇を追うというストーリーそのものが、「キルビル」です。
しかも、仇の数も同じく4人。その4人のカットが、またこれ「キルビル」とほぼ同じ。
雪の舞う屋外での殺陣もしかり。腕とか斬り飛ばされる描写もしかり。
ただ、「キルビル」では、仇役の一人(ルーシーリュー)が修羅雪の格好をしていましたけれど。

kiriburi.jpg 修羅


本作はかなり古い映画です。1970年代の日本映画のギラつきようといったら濃いぃぃですな。アナーキーな勢いが凄いものです。やりたいこと全部やったるわいという、好き勝手な情熱に溢れています。はっきり言ってバイオレンス描写が激しく、噴き出す血の量も半端でないので、耐性がある人でないと鑑賞が厳しいかもしれません。

本作の魅力は、そのパワーもさることながら、やはりタランティーノのお眼鏡の通り「梶芽衣子」にあるといって過言ではないと思います。
タランティーノは本来「足フェチ」で有名ですけど、もう一つ、「眼力のフェチ」なんだと思います。だから、彼が気に入っている日本の女優には、この共通点があります。梶芽衣子に、柴崎コウに、栗山千明ですから。皆、きりりとした鋭い目をしています。
本作での梶芽衣子の目力は強烈です。おまけに、人を寄せ付けない負のオーラも満載です。
うっかり近づこうものなら、

修羅5

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修羅5
かわいそうだけど、あしたの朝にはお肉屋さんの店先にならぶ運命なのね…。

うん、思ってそうだ。

間違っても、
修羅5
お詫びの品をベネッセ基金に寄付ってなんなん…?

って程度の目じゃーありませんよ。

ましてや、
修羅5
だめよー、だめだめ。

エレキテル連合とも違います。

なぜ、彼女はこれほどに恨みの炎を瞳に宿らせるのでしょうか。

それもそのはず。
梶演じる雪は、母の恨みを全身に背負って生きているのです。
夫をむごたらしく「不条理」に殺され、なぶりものにされた母の呪いのような恨み。
父親も分からず、ただ「仇討ち」のために獄中で産み落とされた雪の生きがいとは、母に代わり「恨みを晴らすこと」ただ一点のみ。
そのためには強くなければならない。幼き頃の剣の修行はそれは熾烈なものでした。
師匠は、我々世代の水戸黄門・西村晃の演じる道海和尚。渋いです。この頃からすでに「ご隠居」の風格であることにも驚きます。
和尚は、小学生くらいの女の子に対し、容赦なくビシバシしごきます。どうみても普通の小学生にしか見えない女の子です。紐でお互いを結び、逃げ道をふさぎ、木刀を払い飛ばしては拾って向かってこいと怒鳴りつけます。和尚! もういいでしょう、と言ってください。
なにやら桶に入れてころがしたりもします。
はたから見たら完全に通報レベルです。片山さつきあたりが黙っていないかもしれません。

修羅2


というわけで。

本作公開当時に「ツンデレ」という言葉があったなら、間違いなく梶芽衣子演じる雪はツンデレの女王と言わしめられたことでしょう。雪の諸事情一切を新聞記者に漏らした道海和尚に、「なんでよぉ…?」とクレームを付けるや、それが仇をあぶり出すための作戦だと聞いて思わず笑みがこぼれるところが可愛らしいです。また、前人未踏のドギツい目で追い払っていた記者兼小説家の男(黒沢年男)と恋仲になったりします。本作の主題歌の歌詞「女はーとうにー、捨てーまーしぃたー」はかわいい女の強がりだったのです。あちゃちゃー。(ちなみにこの主題歌が、「キルビル」の重要な場面に挿入歌として流れた時はぶったまげました。)

殺陣がアップ多用のため、若干動きが見えにくいのが難点ですが、所作はばっちりときまっておりカッコ良さ満点です。
しかも、わざわざ傘を飛ばして陽動した意味を打ち消すほど、正面切って敵アジトに乗り込む勇ましさ。

修羅4

敵もなかなか魅力的です。その上、雪の仇討ちの過程には一癖ひねりが効いてます。
途中で倒す竹村伴蔵という男はすでに病で体を冒され、立ち向かってくる力などありません。雪は、命乞いをする伴蔵を容赦なく切ります。彼には、かよわき1人娘がいるということを知りながら。「仇も今や人の親」というところもまた、「キルビルvol1」の序盤に似ています。
あくどい女の北浜おこのに至っては、これまで観たこともないような残虐描写で討たれます。思わずギョッとしました。
ラスボス・塚本儀四郎は風貌がアル・パチーノでびびりました。なんたる風格。モダンやわー。

そして…伏せますけど、ラストの雪に訪れる衝撃の結末がにくい。
人を呪わば穴二つ。
雪の抱えた恨みはよほどのものではありますが、本来、人を恨み、復讐を果たすとは決して自分自身も無傷ではすみません。無垢な仇討などはありえないのでした。
本来は、道海和尚が止めてあげたらよかったのに、と思います。ご隠居…和尚! もういいでしょう、と言ってもらえませんかね、ダメですかね、わかりました。

修羅3

というわけで。

本作に、今の映画とは異質の底知れぬパワーを感じました。
カメラワークも驚くほど凝りに凝りまくっています。
タランティーノが認めた日本映画の傑作。怖いもの見たさで、ぜひどうぞ。

修羅5
またろう


って目が拝めます。


 

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Posted on 2014/10/26 Sun. 09:56 [edit]

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