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コンタクト これが本物のリケジョ。 


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 コンタクト
 (1997年 アメリカ映画) 85/100点


新年一発目の映画鑑賞は、昨年に大感動し、いまだ印象が色濃く残っている「インターステラー」が影響を受けたという本作です。
ロバート・ゼメキス監督が目論んだのは、どリアルな宇宙人接近物語。
「実際に宇宙人が交信してきたら…」「現代社会において宇宙人と会えるかもしれない事態になったら…」というシミュレーションのような映画です。

とにかく描写が社会派映画のようにリアルなもので、非常に先の展開にワクワクしますよ! ついに宇宙人と遭遇できる日が来るのかー、夢みたいだなーと錯覚できます。

そしてなんと、「インターステラー」の主人公を演じたマシュー・マコノヒーも出てきたもんで驚きました。よお、奇遇だなーって感じで。ただし、今ではいぶし銀な中年男を演じるマシューも、20年近くも昔の映画ではワイルドでヤサな色男です。
その彼が、本作の主人公を演じる知的美人代表・ジョディ・フォスターと序盤でバッチリとくっついたり、その後パッタりと音沙汰なしと思いきや、大統領顧問という大出世の末にバッタリと再会しては、恋がアッサリと再燃してしまうという見事なロマンスも満載で、これがなかなかどうして邪魔くさいのでありました、ガッカリ。(個人的意見)

ま、そこはアメリカ映画なんで大目に見るとしましょう。それにジョディ・フォスターが若い可愛らしい。クールビューティ―のイメージが強かったですが、本作での可憐な雰囲気にはちょっとビックリしました。
彼女が演じる主人公・エリーは、一時期、R研のOB方さんで一世を風靡しかけたリケジョなのです。エリーが追い求めるのは、ひたすら「地球外生命体とのコンタクト」。毎日毎日ヘッドホンを耳に付けては、地球外の知的生命体、いわゆる宇宙人が発している電波がないかと探索を続けます。憑りつかれたようなエリーは、あらゆる妨害に憤慨しながらも、恐るべき熱意でスポンサーを見つけて研究を続けるのでした。そして、「宇宙人は、います」と宣言している彼女は、ついに謎の電波を捉えるのです。
前述したように、描き方がひたすらリアルだから面白い。
序盤はとにかくエリーの地味な活動が描かれます。決してカラフルな研究室でもなければ、ぬいぐるみもないし、化粧っ気バリバリで割烹―まあ、いいや、とにかく「宇宙人なんておらんやろ」という現代そのまんまの雰囲気の中、ただの物好きが無謀なことを続けている印象しかありません。このままうまくいかなければ、エリーは年末恒例の「ビートたけしの超常現象スペシャル」で、大槻教授と不毛な議論をしていたことでしょう。

 コンタクト3


それが突如、謎の電波を捉えてから物語は急転直下で展開します。
初めは不思議な異音を響かせるだけですが、分析を進めていくごとに、「この電波には知的生命体が関与しているに違いない」と確信できる現象が次々に現れ始めるのです。「えー、すげー。ホントに宇宙人いるんじゃーん」というワクワクした気持ちになれることうけあいです。しばし映画であることを忘れかける程没頭しました。これは演出のうまさでしょう、さすがのロバート・ゼメキス監督なのでした。

さらには、この出来事に対する政府や一般市民の反応も面白い。
アメリカ政府の国防関係の人間は、「侵略が目的ではないか」と訝しがったり、「知的生命体」とのコンタクトは神への冒涜だと宗教団体の激しい反対運動まで巻き起こります。おまけに、いつしか第一発見者であるはずのエリーの権限が縮小されてしまったり…。
エリーの純粋な探究精神は、次第に政治や宗教、利権や名誉欲に血迷った人々によって翻弄され始めるのでした。
エリーを慰めるのは、マシュー・マコノヒー演じるパーマーとの再会。
いちゃいちゃ始めんのかなーと思っていたら、この二人の対比が面白くなっていきます。
エリーは科学の子です。ゆえに…神を信じていません。
パーマーは元・神父で今や政府の宗教顧問(おいしい役どころだなー)です。
ゆえに二人は、元来、水と油なので、「神」についての見解の違いからちょっと雲行きが怪しくなり…っつってもすぐにいちゃいちゃ始まりますが。

電波に暗号として隠されていた設計図で謎の移動装置を作り上げ、いよいよ電波の発信源である「ヴェガ星雲」に向かう準備が整うのですが・・・。この移動装置、何やら三つの輪っかがクルクル回転するという不思議な形状をしております。見たこともない装置です。すごく未来的ですが…あろうことか、設計図通りに作ってみただけで、使用するとどうなるのか誰も分からないという行き当たりばったり。ダウンタウの「謎の製品を作っている職人コント」みたいに、何やら凄そうだけど何に使うのかさっぱり分からん、というやつを思い出しましたよ。

 コンタクト


ところで、この移動装置。北海道で作られたという設定が出てきます。それだけ、制作当時から日本の技術力に信頼があったということでしょう。ゆえに、日本の描写が出てきたりするのですが、それがやっぱりトンデモで。室内着がヘンテコな和風の羽織でしたけど、せめてそこは割烹着を着てもらわないと。おまけに、ホテルの一室に「かがみ餅」だの「掛け軸」だの置いてあったり、日本人技術者に変なタイミングでお辞儀させたりってあんたね。宇宙人とのコンタクトだの言う前に、まず同じ地球人の習慣を理解しましょう。是非じっくり腰を据えてゼメキス監督に教えてあげたいところです。

さて。

エリーが「宇宙探査」への信念を貫き通すのは、子供時代の父親との死別が大きく影響を与えているようでした。これまで、無線機を使い宇宙人に呼びかけていた彼女は、父親の葬式の日に、無線機に向かって「パパ、パパ」と求めるのです。彼女にとって宇宙は、死後の世界とむすびついていたのでしょうか。まさに、「生き別れた息子を探したい」「死に分かれたパパを探したい」想いだったのです。そしてその想いは、二十数年の時を経て、彼女に応えることとなるのです。
果たして。
宇宙人とのコンタクトとは、一体どんなものなのか。
謎の移動装置が動き始めた時、搭乗員であるエリーは想像を絶する体験をします。
それが具体的に何なのか…かなり深遠なイメージを我々に放ってきますので、ぜひ、映画をご覧になって確かめてほしいと思います。

 kontakuto 6


本作は物理学的な専門性が強く、さらに哲学性が濃いので、その点が「インターステラー」に影響を与えたのかもしれません。壮大な宇宙に触れた瞬間、人は意外にも内面(心の内)の世界に向かうのかなあと思いました。エリーはこの体験から、人間の存在は小さく、しかし、かけがえのない存在であり、そして、孤独ではない、ということを知るのです。

ただし。

エリーの体験の記録は、一切残されていません。
移動装置内やエリー自身にも無数に付与されていたビデオカメラには、何も映っていないのです。
8時間もの時を宇宙で過ごしたはずのエリーとは違い、コントロールセンターの人々の目には、移動装置は1秒たりとも変化が起きておらず、完全に失敗だと思われているのです。
エリーの宇宙人とのコンタクトには一切の証拠がないため、「妄想では?」「スポンサーと共謀したのでは?」と厳しく糾弾されることになります。
このあたりは、本当にOB方氏と見事に一致。
激しい責めにあいながら、エリーは渾身の想いを語ります。「妄想かもしれない。けれど、私の全存在が実際にあったことだと告げている」と。ここではジョディ・フォスターが素晴らしいです。うつろに「200回うんぬん」と語るのとは年季が違います。しかし、証拠がないのはどちらも一緒。映画では、彼女は「新しい世界の発見者」として支持を得たりもします。現実に比べると…ちょっと甘いかもしれません。ただ、莫大な予算がかかるために「再現実験」を行う事は叶わないのです。

 コンタクト2


けれど。

実は、政府が機密にしている1点の証拠があった…というオチが最高です。
その証拠が、なんともシンプルでとても好きです。グウの音も出ません。

…。

ただ、それにしても思いますけどね。
ヴェガ人に、おみやげという習慣を是非教えてあげたい。



  

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Posted on 2015/01/09 Fri. 00:53 [edit]

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