素人目線の映画感想ブログ

素人による、素人のための映画感想・レビュー。 映画文法や方程式なんのその。

※ネタバレがある時は、必ず<赤字>で標記します。点数の説明はこちら。

ゴーン・ガール /これは、真っ正直な夫婦あるある。 


 ゴーンガール
 ゴーン・ガール
 (2014年 アメリカ映画)
 85/100点



<前半、ネタバレしません。後半、ネタバレして書きます>


2014年最後の映画鑑賞でした。
予告編から「傑作」の予感がしていたもので、かねてから2014年は本作で締めくくろうと思っておりました。

失踪した妻を巡る極上の仕掛けを堪能できるサスペンス…かと思いきや、なんと実は、本作は「ブルーバレンタイン」なんかで最近流行の、身の毛もよだつ「夫婦スリラー」だったのだから驚いた。

注:説明しよう。「夫婦スリラー」とは、倦怠期の夫婦のスレ違いをしれっと描き、醜い男女の争いを「こんなもんさ」と見せつけるという、世の中の婚姻率低下に一役かっているであろう、「極めて現実的な映画」のことである。

…本作を夫婦で観に行こうものなら、飛んで火に入るなんとやら。

ゴーン4


かなり面白かったです。

さすがはデヴィッド・フィンチャー監督。特異な演出と得体のしれない展開で、胸の内をざわりと震わせてくれます。
ブラックジョークかと思わせるほど醜悪な心の闇を、現代社会の病理と絡めて描き出しているのです。

あらすじは、「結婚5周年の朝、妻・エイミーは失踪する。夫・ダンは、噂やマスコミによって、次第に妻を殺した犯人だと疑われていく」…というお話。


本作は、前半と後半でガラリと物語の性質が変わります。

中盤で重要なネタ晴らしがあり、「あれ? こんな程度のオチなの?」と首を傾げたものですが、そこからが本作の本領発揮。
そこまでは、『アンビリーバボー』の再現ミステリーのような匂いがしたものだから、それを飛び越えた内容になっていくので、安心しました。

ゴーン2


さて。

前述の通り、本作で描かれるのは「夫婦の溝」です。

・無職で金もなければ、妻への関心もデリカシーもない上、ボケッとしてゲーム三昧の日々を送っている割に、ちゃっかり若い女に手を出しては妻にあっさりバレているダメ夫・ダン。

・才色兼美ゆえにプライドの塊で、人を思い通りに支配していないと気がすまず、攻撃性に富み、気に入らない相手をやっつける為なら、自分を犠牲にしても成し遂げようとする粘着質な妻・エミリー。

若い頃には、「情熱」というオブラートに包まれていた互いの醜悪さが、結婚後の共同生活の中でだんだんと漏れ出した末、耐え難いまでに膨らんだ不満に疲れた男女が、全て投げ打ってしまおうと目論む、なんてことのない一般的な夫婦の物語です。

OPでは、夫が妻の髪を撫でているシーンから始まるのですが…、夫は心の中で、「何を考えてる?  どう感じてる?」と妻へ問いかけます。

夫婦同士ってのは、なかなかどうして、年を重ねるごとに相手の気持ちが分からなくなっていくものです。
澄ましたような顔をして、本当は驚くような不満を抱えているかもしれません。
こちらはこちらで我慢をしているつもりでも、お互い様だったりするのです。

しかし、相手の本音を聞くことなど恐ろしくて、先程のような問いかけなどできるはずもありません。

このOPは、本当に秀逸だと思いました。
この物語の全てを、そして、夫婦関係の全てを表しています。

とまあ。
本作はそんな風に、倦怠期の夫婦の行く末を、意地悪くも正直に描くのでした。

ゴーン5


それともう一つ。
本作の胆は、「マスコミの印象操作」と、「集団ヒステリー」にあります。

妻が失踪中にも関わらず、持ち前の流されやすい性格のために、にやけ顔で女と写真を撮っていたりするダンを、マスコミは「不謹慎だ」「怪しい」「殺したに違いない」と報道します。

それにつられ、「世間」の偏見もヒートアップ。注目を浴びた人間の「ダメな素性」を知るや、その人間の全てを否定する集団ヒステリーが炸裂します。

しまいには、正義漢ぶって批判するかたわら、お祭り騒ぎに駆られてダンが経営するバーに押し寄せては、観光地のように記念撮影をする始末。

どいつもこいつも。

「あなたたちの中で、罪を犯したことのない者が、この女に石を投げなさい。」というイエスのお言葉はどこへやら。
自分の価値を上げるために人を見下し、「こいつに比べれば自分はマシだ」と安心する、小市民たちが描かれます。

逆に妻・エイミーについては、「清廉潔白な素敵な奥さま」と報じられるため、彼女の味方は急増。

元来、夫婦の問題は「お互い様」の場合が多いものですが、勧善懲悪の物語が作り出され、ますますダンの立場は悪くなっていくのでした。

…本作の感想は、やはり結末を書かないとやりにくいので、以下よりネタバレ全開で繰り広げます。

ゴーン3


<ネタバレです。>


正直、前半から中盤の展開には「物足りない感」がありました。
しかし後半から、本作が本当に語りたかったことが、フルスロットルで勃発します。

エイミーは夫に殺されたわけでも、何者かに誘拐されたわけでもなく、自らの意思で失踪していたのでした。
そして、才女の本領を発揮した計略で夫を殺人犯に仕立て、死刑にまで追い詰めようとしていたのです。

ひどい仕打ちのようですが、最大のきっかけは「ダンの浮気」です。

女性が、傷付けられた自らの自尊心を取り戻すため、相手をとことんまで追い詰めようとすること自体は、実に普遍的です。(やり過ぎだけど)「わかるなあ」と思いました。(震えながらも)納得できました。

もちろん、エイミーには異常性があります。

幼い頃から、本来の自己を否定されながら育てられた環境にも、原因があるのだと思います。
それによって、彼女は過剰に傷つくことを恐れ、自尊心を守るために相手への徹底した支配欲をたぎらせ、自分への「些細な無礼」も許さない人格が出来上がったのではないでしょうか。

そう…、これはコンプレックスの裏返しです。

失踪中に出会ったバカっぽいギャルに本質を言い当てられ、即座に「仕返し」をしてしまうほど狭量になっているのです。

おまけに。
「見下すべき人間ども」にまんまと大金をせしめられた辺りから、自分を完全に見失ってしまいます。

この「無様な失態」を取り戻すために、もはや手段を選ばず、彼女は恐るべき凶行に走るのでした。

男目線で見るならば、このエイミーを、最後にぜひとっちめてほしかった、と思ったのは本音です。

まんまとダンの元に戻り、美しき妻・可哀想な被害者のイメージをふりまいて、世間を欺きほくそ笑む彼女に、きっとダンは、自らを捨てて彼女に天誅を下すものと期待しました。
実際、彼はそうしようと考えていたのです。

しかし。

ダンは、「無職」という立場の弱い男。
エイミーに比べると、ダンは全くの無力な男なのです。

エイミーのおかげでダンの経営するバーは黒字化し、出版された書籍によって富を得た今、彼女のほの暗い素性を知ったからと言って、彼女に逆らう術はありません。
ダンが雇った敏腕弁護士も離れます。「彼女に感謝しろ」と言い残して。

エイミーのさらなる計略によって「子供を授かる」ことで、ダンはエイミーとの結婚生活を続ける決意をします。
「これは責任だから」と、体よく現実を受けとめようとします…が、それは半分くらい嘘です。
彼は、子供がいようがいまいが、彼女を受けとめざるをえないのです。

弱い男は、それだけでもう「罪」であり、選択肢はございません。

もちろん、子供がいることで、ダンはより一層この現実を合理化し、素直に享受できることでしょう。元来流されやすい男なのだから…。

無論、サイコパスの妻と暮らすのはちょっと怖すぎると思いますが…、それは極端な「結婚生活」のメタファーであって、本作の胆ではありません。

フィンチャー監督はこう言いたいのです。
「結婚生活に何を期待してんだ?」と。

ゴーン


こんな夫婦関係を続けるなんて…と、ダンの妹は泣きじゃくります。
「妥協だらけ」「我慢だらけ」「嘘だらけ」とでも言うのでしょうか。
ダンの妹は結婚していませんから、知らないのです。

エイミーの言う通り。
「That's the Marriage. (これが結婚なんだ)」ということを。

新年から何言ってんだという感じですが、映画を見終わった後に感じたこと、それは。
「これって…普通の話だよね」ってことでした。

…。

追伸:ちょっとフォローを。

ネガティブに言うと、結婚生活は「我慢」とかいうワードになりますが、ポジティブに言い換えると、「愛とは寛容」なのであります。
それが試されるのが結婚生活であり、夫婦関係なのであります。

今日読んだ雑誌で、武田鉄矢氏がこう書いていました。
「歳をとった女房の眉間に寄った皺まで愛せたら、それが本当の愛だ」

ズ バ リ だなあ…。


    

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Posted on 2015/01/02 Fri. 00:35 [edit]

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