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アンブレイカブル 日常を壊したかった男たち。 


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 アンブレイカブル
 (2000年 アメリカ映画)  85/100点


最新作『ヴィジット』がなかなか良かったものだから、久しぶりにシャマラン監督の過去作を再鑑賞してみました。
本作は、デビュー作『シックス・センス』の大成功によって、次回作への期待が尋常ないほどウナギ登っていたシャマラン監督の2作目です。
ところが。
狙いなのか分かりませんが、これがどうして、結構すかしております。
前作同様、温度の低い空気感が蔓延した画面に、家族を軸にしたストーリー展開、ハラハラっとするミステリーテイストは健在ですが、やや大人しい印象も受けます。2作目にして、円熟なまでに渋みを増しているといいますか…。
そして、皆が手ぐすね引いて待ち構えていた大オチも、衝撃度は低いとはいいませんが、思いのほか地味です。
タランティーノが大出世作『パルプ・フィクション』の後、相当な期待の中で放った『ジャッキー・ブラウン』のような感じ。
あれ? 何? この落ち着いてしまった感…?
案の定。
本作の評価は、賛否両論のようです。

あらすじは、「凄惨な列車事故が起こる。唯一の生き残りであるデイヴィッド(ブルース・ウィリス)は、謎の男・イライジャ(サミュエル・L・ジャクソン)から、信じがたい真実を聞かされる。デイヴィッドが決して傷つくことのない不死の人間だというのだ」というお話。

アンブレイカブル


本作は、『ダークナイト』などのようなスーパーヒーローをリアルに描く映画の先駆けとも言われています。ただ、私はどちらかというと、松本人志の『大日本人』を思い起こしました。現実社会に超人がいたとして、それでどうなるのかという物語ではありますが、本当に『日常』的であり、全くもって、かっこ良いエピソードはありません。

先天性の骨の病気で、すぐに骨折してしまうという、あまりに過酷で気の毒な虚弱体質を抱えるイライジャは、自分とは正反対に、「決して壊れない(アンブレイカブル)」人間が存在するはずだという信念を持ちます。そして、デイヴィットがその張本人だと、目を付けるのです。

その理由とは。

1.列車事故で唯一生還したから。
この事故で、無傷で助かったデイヴィットに向けられた世間の目は、同情や奇跡への感動ではなく、「奇妙なものを見るような」ものでした。デイヴィット自身、自分に懐疑的になっている中、イライジャは近づいてくるのです。あれだけの事故にも関わらず、無傷で生還したデイヴィットは、「超人」に違いないと。
しかし、イライジャは知らない。デイヴィットは、列車内で声をかけた女性にあっさりフラれ、しっかり心の傷はこさえていたのだ。


2.病気さえしたことがないから。
イライジャからデイヴィットへの最初の問いかけは、「最後に病気をしたのはいつだ?」というもの。
デイヴィットは思いを巡らせます。「はて…?」 それこそ事故の後遺症かと思わせるほど、とち狂ったデイヴィットは、離婚寸前の冷えかかった関係の嫁に向かって、ねえ、ねえ、オレ最後に病気したのいつだっけ? …ねえ、いつだっけ? …したっけ? してないんだっけ? どうだったっけ? と理由も述べずにしつこく問い詰めます。
みるみる不機嫌になっていく妻の表情に凍りつきました。


3.「警備員」という仕事に従事しているから。
それは興味深い、とイライジャは言います。「超人」だからこそ、無意識に「人を助ける仕事」を選んでいるのだと。結果オーライではありますが、かなり強引な理由づけです。「その仕草があったら脈あり!」という女性心理の読み方特集みたいなティーン雑誌の分析と大差ないです。案の定、それをしたり顔で言って聞かせるイライジャに、デイヴィットは胡散臭そうな顔を向けるのでした。


4.シックスセンスで悪人が分かるから。
デイヴィットは、人を見ただけで「悪人」かどうかを判別できるという不思議な能力を持っていました。…正直、だったら確定じゃないでしょうか。少なくとも超能力者でしょうに。なにゆえ、「…おれはいたって普通だ」などとデイヴィットは、イライジャの考えを否定していたのでしょうか。恐らくデイヴィットは、もともと「どっかオレ普通じゃない」という感覚を持っていたと思います。
彼は「人間の悪意」を読みとる力がありました。ゆえに、彼が警護するスタジアムで、騒ぎを起こそうとする人間を見抜いていました。序盤は「なんとなく分かる…」程度でしたが、終盤でその能力は、悪人の行動を「透視」するまでに、突如進化するのです。


5.ブルース・ウィリスだから。
そりゃあ、もう、「超人」でもおかしくありません。
イライジャはきっと見ていたのです。彼がニューヨークのセントラルパークを車で激走したり、巨大地下トンネルから大量の水とともに噴出されても無傷である様を。『ダイハード3』より)


ただ二つ、「超人」ではない可能性を示す事項は、デイヴィットの「嘘」であり、「弱点」だったという、シャマランお得意の「ふわっとした理由」で解決されます。

アンブレイカブル4


というわけで。

イライジャに「君はスーパーヒーローだ」とズバリ指摘されるまで、自分の能力にうっすらと気付きつつも、うまく活かせずに生活していたデイヴィット。しがない警備の仕事に、学生結婚した妻との地味な家庭生活を経る中、陰鬱と「ほんとは、こんなんじゃない感」を積み重ねていたのだと思います。活躍していたラグビーを途中で断念したことも手伝って、終始暗い顔をして家族と向き合っているデイヴィットは、まさに、世の中の全ての夫や父親の象徴でもあるのです。周囲を見渡せば、ほとんどの家庭持ちの名もなき男たちは、「オレの人生、こんなもんだったのだろうか…」と納得しきれていない顔をしています。家庭生活の安定の為、かつて捨ててしまった夢に後ろ髪をひかれるような気持ちで、心の中はもちきりなのです…。

そんな普遍的で、「ど」が付くほどリアルな日常の中、ついに発揮されるデイヴィットのスーパー能力ですが、どうしたことか、なんか「もっさり」しています。変装した姿は悪人のように怪しく、変質的な犯人1人に、今一つカッコイイ見せ場がありません。あっという間にピンチに陥って、被害者に助けられるという体たらく。そこに、意地が悪いまでの皮肉があったように思います。この先、彼が『ダークナイト』となって活躍するような想像は、微塵も出来ませんでした。

所詮、デイヴィットが何であろうと、彼の行動はスーパーヒーローの真似事でしかなく、コミックオタクのイライジャと、何ら変わりない妄想であるような気がしたものです。

アンブレイカブル5


<結末に触れます。>


幼い頃から、病気の為にひきこもり、自分の存在意義に不安を抱えていたイライジャは、唯一の生きがいであるヒーローコミックの世界に浸って生きてきました。彼が目指したのは、ヒーローを探し出すことだけではなく、自分自身も憧れのコミックの登場人物になりきることだったのだと思います。コミックの世界の「あるポジション」に自分を据えたイライジャは、ようやく自分の価値を見出したのです。

しかし。

日常を破りたいと願う二人の夢が実現した矢先に、あっけなく散ってしまうこの結末は、とても普遍的な切なさを胸の内にまき起こしました。
「日常」こそが、まさにアンブレイカブルだと言わんばかりの、むなしく希望のない顛末に、しばし茫然としたものです。

シャマランの2作目は、期待の裏をかくように、皮肉を効かせた苦いドラマだったのです。
けど…私は結構好きですが。


  

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Posted on 2015/11/24 Tue. 00:17 [edit]

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