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ソロモンの偽証<後篇・裁判> 柏木君は、怒ってると思う。 


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 ソロモンの偽証 <後篇・裁判>
 (2015年 日本映画) 70/100点


確かに私は前篇を観た時、「これは面白い! 後半はよ見たい!」と盛り上がっていたのです。しかし、後篇が始まるまでの間に、前篇の端々に見えた奇妙な演出が気になり始め、「第一、同じようなものを、また観に行くのもなあ…」というケチ根性もちらついた末、案の定、熱が冷めてしまったのでした。そしてなんと、後篇の鑑賞が今の今まで伸びきっていたという始末。同窓会での「近い内にまた会おうね!」に匹敵する熱力の法則。

前篇・後篇で分ける戦法は、やめた方がいいですよ。もしくは、同時公開するくらいでないと。

そして、予想通り。
後篇の内容は、前篇の期待を大きく裏切ることとなっておりました。

前篇の時にあんなに盛りあがって、面白い面白いとフェイスブックにまでアップしたというのに、何だか物凄く恥ずかしい。流行りものにハマって、橘いずみを猛プッシュしていたことを思い出す時くらい恥ずかしい。

興行収入的にもコケたそうです。

結局、最高だったのは、前篇のラストに上映された後篇の予告編だけだったのです。期待の煽り方は素晴らしく上手かった。


さて。<以下、ネタバレもありますし、悪口みたいな感想になっています。>

ソロモン後篇


とにかく本作について思ったことは、柏木君の言う通り、「偽善者だらけだなあ」ということでした。
「偽善」は言い過ぎかもしれませんが、後篇のほぼ全般を占める校内裁判は、続けざまに皆が罪の意識や反省を告白し、それを周囲が「そんなことない、大丈夫」と慰める懺悔集会だったのです。幾度も頭を下げ合うお飾りの誠実さを振りまきながら、最期には無理やり感満載の前向き精神論で幕を閉じるのでした。
自己啓発ゼミナーの集会をずっと眺めているような、居心地の悪さを感じてしまったのです。

加えて。

本作には、今後、日本の映画界で禁止してほしいような表現の数々が散見されます。

ぱっと思いつくことだけ、下記にまとめました。
・親に要望を聞いてもらえなかったら、豪雨の外に飛び出すのは以後禁止。
・車に轢かれそうになって、「バカヤロー、死にてえのか!」とドライバーが叫ぶのは以後禁止。
・女性が心理的に追い詰められると失神するのは以後禁止。
・おじぎし合うのが日本の美しさだよね、という良い子ぶったシーンは以後禁止。
・殴りかかると見せかけて握手を求めるのは以後禁止。
・涙を流すシーンは2回まで。
・重要な存在かどうか分からない役に、津川雅彦をキャスティングすることは以後禁止。
・「ワイドナショー」での「まえだまえだ兄」の発言に対する、他の出演者による「オレらよりしっかりしてるなあ」というコメントは以後禁止。


あ、最後のだけは飛び火で関係なかった。もっと言えば、現役高校生枠はいらないと思います。(それも関係ない)

他にも不可思議な場面が多々あります。
前篇で感じていた、「なんか演出があやういなあ」という不安が的中し、失笑ものの表現が、後篇で雪崩のように襲いかかるのでした。

・「事件の真相を隠していた一番悪い人」の自作自演の身勝手に驚き、そして閉廷後、何事もなかったように「じゃあねー」と別れていく学生たちの異様な潔さ。
・すでに判決は100%決まっているのに、溜めに溜める判決までの無駄な時間。
・子どもが亡くなったばかりだというのに、まるで死後何十年も経っているかのような両親の落ちつきっぷり。
・途方もなく重たい裁判だったのに、閉廷後、まるで舞台劇を観たあとのように満足げに帰路に着く傍聴人たち。
・せっかくの稀有な目力を散財させられてしまった主人公役・藤野涼子の不遇。
・事件に絡んでいるようであまり意味のない、うんざりするほどのミスリードの数々。

思い出せば出す程、エーという場面の連続なのです。

ソロモン後篇2


もちろん、見どころはあります。
中学生が校内で裁判を実施することは、あまりに無謀のように思うのですが、有能な中学生諸君の懸命な下準備の様子が、とても頼もしく思えました。裁判内容の重みに比べると、やや学園祭のノリのような雰囲気もありますが、イチから自分たちで作り上げていく過程は見応えがあったものです。特に、判事を務めたオタク系の少年の、予想を越えた機転の良さは惚れ惚れしますな。
上映時間の都合上、ほか主要メンバー以外の存在感が希薄だったのは致し方ないのでしょうけれど。
子どもたちの手でうまくいくもんかいな…という親目線で、ハラハラしながら見守っていました。傍聴席の後ろでいつまでも騒いでいるガキんちょ達を、塚地同様叱りたくなったものです。
そして。
この校内裁判で、弁護士役の学生が、弁護すべき被告人に対して「いじめ」を追及して行く場面は、緊張感がありました。本作で唯一見入った場面です。

しかし。
物語への興味が、その後も上がっていくことはなく…

やはり謎の死を遂げた柏木君の描写が残念です。原作では、もっと深く彼の心理が描かれているといいます。他の方のブログでも散々指摘されていますが、映画での彼は、勝手に世を儚い、言いがかりのように人の偽善を非難する、単なる「変人」の印象でした。
おまけに、両親の存在感がありません。あれほどの闇を抱えていた柏木君と両親の関係生はどうだったのか。何も描かれていないのが不思議でならないのです。

藤野涼子の無表情な能面からうかがい知れる「心の脆さ」も、引っかかります。
柏木君から「口先だけの奴」と揶揄され、傷を負った彼女にとって、これは自尊心を取り戻すための闘いだったかもしれません。その「こだわり」が、とても危うい気がします。この先にも幾度となく、別の「偽善」に遭遇することでしょうけれど、その度に闘うつもりなのでしょうか。その執着心は、いつか「柏木君のように」自分を壊してしまわないか心配です。

大人になれば、「偽善」がまかり通る世の中の仕組みが腑に落ちます。
その仕組みを少しずつ飲みこんでいくことが、成長でもあるように思います。
柏木君は、成長できない少年なだけであり、彼に責められた藤野涼子が、傷ついたり後ろめたく思う必要など全くないと思うのです。

ゆえに。

藤野涼子には、ひょひょうと、たくましく育ってほしいものです。こんな困難な裁判をやり遂げたのだから、大いに「自信」を持ってほしいと思います。きっと親も誇らしいでしょう。これをネタに、将来AO入試で有名大学に入ってやるくらいの気持ちでいいじゃないですか。(本作には、全く無駄な現代パートが出てきますが、藤野涼子が別人のように「フツーの大人」になっていたので安心しました)

もっとも、柏木君が、『桐島、部活やめるってよ』の桐島のように、カリスマ性を持った神秘的な存在であるならば、物語はもっと高尚に進んだように思います。

ソロモン後篇3


えー、あと。
まだまだあるのですが。

本作の中で、一番良くなかったことが、最期の最期に出てきます。

現代パートにおいて、現在の学校長が、「あの裁判のおかげで、今ではうちに一切のいじめがありません」と言ってしまったことには驚きました。そんなわけないでしょう。なくなるわけないでしょう。仮に本当になかったとしても、校長が「ない」などと断言する根拠はないでしょう。

このセリフは、実は強烈です。この発言は、本作の製作者に中学生を描く力がない、と思わせるほどの破壊力があります。
柏木君がこれを観たら、きっと高笑いしてののしるに違いありません。
「ほら。わかったようなことを言って、結局わかっていないじゃないか」と。

最期の最期に大きな偽善を残し、物語はむなしく幕を閉じるのでした。

あとね…。

エンディングで、全く合わない洋楽を流すのは以後禁止。
最期の最期の最期まで、唖然としてしまったものです。


傑作と思った『前篇』の感想はこちら。


  

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Posted on 2016/01/15 Fri. 19:00 [edit]

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15

コメント

 

全く同感

あちゃーですね

URL | かお #- | 2016/05/27 22:52 | edit

かお 様 

コメントを頂戴し、ありがとうございます。

今日のテレビ放映を少し観て、改めて思ったんですが、
とにかく「不自然さ」が蔓延している映画です。
特に。
柏木君の両親が、まるで他人事のように中学生たちに協力している様子が、
あまりに冷静で怖くなります。
ひょっとして、宮川一郎太演じる父親こそ、
実はラスボスなのではないかと錯覚するほどです。

URL | タイチ #- | 2016/05/28 00:46 | edit

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