素人目線の映画感想ブログ

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キャロル 自分らしく生きるための、覚悟。 


 キャロル
 キャロル
 (2016年 イギリス・アメリカ合作)  80/100点


評判の高さが随分と前から伝えられていた期待作です。
昔の名画を観るような気分で鑑賞してきました。

主人公二人の間にひそやかに流れる「時」を、丁寧に上品に曇りなく紡いでいく、とても繊細な作品でした。

…ちょっと高級すぎるきらいもあります。
分かりやすいタイプの映画ではありません。
何気ないシーンのフリして、何気ない小物や色、動き、撮影手法に意味を含ませ、こちらが汲み取る気持ちで画面を見つめていないと、「退屈」と誤解してしまいかねないタイプの映画です。

あらすじとして…。
↓とても巧くて、観に行きたい! と思わせる予告編をどうぞ。


この予告編だけで、主演二人の芝居がいかに素晴らしいか分かります。
ショパンの「別れの曲」が凄くいいです。(劇中にかかる他のサントラも素晴らしい)
実はちょっと予告詐欺(言い過ぎだけど)の部分もありますが、あー、あの予告うまく編集してんなーと逆に唸らされました。

これは、女性同士の恋愛映画です。
記憶に新しいところでは『アデル、ブルーは熱い色』がありました。あちらは現代が舞台で、同世代の若い女性同士の物語でした。
本作は、1950年代という古い時代設定であり、セレブで年上のキャロル(ケイト・ブランシェット)と、だいぶ年下のテレーズ(ルーニー・マーラ)との逢瀬を、結構メロドラマの王道の流れで描きます。
同性同士の恋愛の物語は、「許されがたき恋路」として、引き裂かれる運命か否かのドラマが描かれることが多いと思います。LGBTへの「理解」の進んでいる現代が舞台の『アデル―』では、差別的な描写がほとんどありませんでした。しかし、本作では、二人に「理解のない当時の常識」が突きつけられます。不倫の物語ならば、悲劇は「倫理違反」の罰として受け止めざるをえませんが、「同性愛」という罪なき恋に訪れるそれは、とても不条理なものだからこそ、悲しみを助長させるのです。

キャロル2


さて。

前半部分はとても静かに進んでいきます。
忘れ物を届けたテレーズをキャロルがお礼として昼食に招き、そして自宅に招いて…と、特に目新しさのない恋愛の流れが進むばかり。前述したように、ぼんやり画面を見ているだけだと、「退屈」と思ってしまう可能性があります。

ところがどっこい、テレーズがキャロルの家に招かれる辺りから、キャロルの抱えた人間関係や苦しい想いが見え始めます。二人で長旅に出掛けてからは、二人の仲が急速に近づていく上に、そこそこドキリとする事件が起きるので、気付いたら画面に見入っていましたよ。

注目されるのは主演二人の芝居。ともすれば、年上の中年女が、若いツバメ(?)を喰っちゃう下世話な話と捉えられかねない印象を、キャロルを演じるケイト・ブランシェットの神々しいほどの表情が打ち消します。裕福な生活の中で密かに思い悩む姿は、『ブルージャスミン』の彼女を思い出しました。目で全てを語ってしまう巧さに痺れます。実は、序盤はちょっと「ただのセレブなおばさんじゃん…?」などと不届きにも思ってしまったのですが、徐々にその評価の愚かさを思い知らされました。
もちろん、テレーズ役のルーニー・マーラの無垢な感じも、実に罪作りなものです。『ドラゴン・タトゥーの女』で見せたファンキーな役とは180度違う姿態に驚きます。一つも自分で決められない、常に受け身でNOと言えない彼女が、終盤で見せる拒絶とその直後の決意。元々の芯の強さを発揮する時の表情は、男目線からするとギクリとするところです。

<以下で、ネタバレします。>


キャロル3


登場する男たちが、「理解が乏しい」「女を支配しようとする」「乱暴者」、というステレオタイプなダメ男設定なのが気になりました。ま、恋に溺れた二人にとっては、男女関わらず、お互い以外は「足らない人」に見えるということなのかもしれません。態度は悪くとも、心の中ではそれぞれの女性を「愛していた」のだから、男たちの悲しみも描いてほしかったなあ、と思うのは、男目線だからでしょうか。…いや、フラれ目線です。

そして。

自分を抑えて人生を歩んできたキャロルが、覚悟を決めて殻を打ち破ったことには驚きました(その時の啖呵がまたカッコイイ)。
「生きたいように、生きる」ことを選んだ彼女。しかしこれには、賛否あるかと思います。親目線で考えると、娘の存在はいいのか、といぶかしく感じなくはないのです。偽りの自分で、偽りの家族生活をこなすことは、それはそれは苦しいものであるでしょう。しかし、それでは何故、彼女は家族を持ったのか。その責任は放棄できるものなのか。…そして、それこそ夫へ与える「傷」は、相当に深いものだと思います。
自分の主義を通すことは、どこかで誰かの想いを傷つけることでもあるのです。
その点、本作は王道の恋愛映画ですから、二人の世界を守ることが最大の正義である、と描かれているに過ぎません。それが、やや残念に思いました。…あ、やっぱりこれはフラれ(嫉妬)目線の感覚ですかな…。

興味深いのは、本作の監督・トッド・ヘインズがラストシーン撮影前に、主演二人に参考として見せた映画がダスティン・ホフマン主演の『卒業』であること。
すでに有名な話ですが、ハッピーエンドに見えるあの映画は、実は未来への不安を表して終わっています。
「ここで終わりではなく、始まりに過ぎない。この先はどうなるか分からない」ということ。
本作のラスト。
キャロルとテレーズの表情に透けるのは、出会えたことへの喜びと共に、この時代に「同性愛者」として生きる事への覚悟だったかもしれません。


   

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Posted on 2016/03/01 Tue. 23:34 [edit]

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コメント

 

ルーニー・マーラが演じた女性の名前は、「テレーズ」ですよ〜。

URL | 通りすがり #- | 2016/12/30 22:18 | edit

Re: タイトルなし 

すみません。ご指摘ありがとうございます。

URL | タイチ #- | 2016/12/31 20:43 | edit

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