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ハドソン川の奇跡 結果オーライだって、許さない国。 


 ハドソン
 ハドソン川の奇跡
 (2016年 アメリカ映画)  84/100点


イーストウッドの新作です。面白いです。イーストウッドらしく、実に丁寧に作られています。全体的に落ち着いたトーンが、退屈よりも、安心感を与えます。
類まれな操縦技術を持った主人公・サリー(トム・ハンクス)が、エンジンの止まった飛行機を無事に不時着させたことでいったん英雄になるも、無駄に危険を冒しただけじゃね? とケチが付いたことで審判にかけられる…という不条理な物語です。デンゼル・ワシントンが主演した『フライト』に似ていますが、あちらはデンゼル・ワシントンが確かに悪い奴でした。しかし、本作の主人公には、事故・人間性に一切の非がありません。にもかかわらず、サリーは職を失う程の嫌疑をかけられてしまうのです。
これはアメリカらしい…のでしょうか。
街中の人々は、無事に乗客を救ったサリーを手離しで英雄視します。「スゲーぜ。ヒーローじゃん!」と誰もが興奮冷めやらぬ様子。一方、国家運輸安全委員会の役人たちは、厳しい顔つきで、「ハドソン川に不時着せんでも、空港に戻っとったら良かったろーもん」とサリーを責めるのです。なるほど。ボテボテのピッチャーゴロを、猛突進で横取りし、あえて目立つプレーでさばいていた長嶋茂雄みたいなものですか。しかし、我々は長嶋さんを少しでも責めたであろうか。否。結果良ければすべて良いではないか。なのに、「ああしとけば良かった」などと責める役人たちの憎たらしさといったら。
こーゆー人、よくいるんです。自分は何も選択する責任を負わないくせに、選択した者を後から非難するようなヤツ。右に行くか左に行くか、人に運転や道順の一切を任せきっりなくせに、右に曲がって渋滞してたら、「あーあ、左なら混んでなかったのに」などと言い出すヤツ!! 結果を見た後に優越しようとしてんじゃない!!!

ハドソン1


ということで。

2009年という比較的最近に起きた出来事ですので、ことの顛末は大方知っていました。
また、判断がどうだったであろうと、成功を導いたサリーが悪いわけがないという確信がありましたから、どうなるんだろう…という緊張感はなかったように思います。最後にサリーがズバリ主張する反論は、「そりゃ、そーだろーね」と至極当然の理屈です。それゆえ、逆転劇! という爽快感は一切ありませんでした。
けれど、無駄に劇的でないからこそ、じわりと込み上げる感動があります。実在するサリーの素晴らしい判断力と技術力に、心底脱帽するのです。

さて。

フライトシュミレーションの機械を使ってじっくりと事故を検証していく様子がとても面白かったものです。この機械、本物そっくりなコックピットで操縦し、架空の空の映像がフロントガラスに現れます。子どもの頃、この簡易版がゲームセンターに置かれていた記憶があります。離陸は簡単なんですけど、着陸は鬼のように難しく、何度やっても地上にぶつかってました。プレイ後に、横から見た「あなたの飛行状態」が表示されます。私が操縦した飛行機は、木枯らしに吹かれた葉っぱのようでした。あんぐりと口を開け、「ボクが本物のパイロットでなくて良かった…」と少年は将来の選択肢を一個失ったものです。

ハドソン2


<以下、若干ネタバレします。>


本作は、ちょっと変則的な構成だと感じました。実際の飛行機事故の描写は中盤で回想されます。物語は、事故後から始まるわけです。そのために、何が起こっているか…まあ、有名な事故ではあるんですが、ことの詳細がわからないまま物語が進むので、主人公の気持ちが、若干わかりにくかったように思います。英雄視されているにも関わらず、当のサリーは実に陰鬱としているのです。感激したホテルの従業員の女性に抱きつかれても、「よっしゃモテ期きたでこれ」などと浮足立った様子など微塵もありません。
なぜか。
中盤、ようやく実際の事故発生時の映像が回想で映し出されてから、サリーの気持ちが腑に落ちます。
そうか。
民衆は「奇跡」だと騒ぎ、サリーを持ち上げますが、確かな判断力があった彼にしても、決死の覚悟をともなっていたはずです。もし間違っていたら、大惨事になっていたのです。うまくいったからといって、陽気になれるはずもありません。だから、うまくいっていなかった時の妄想が、彼の夢にまで出てくるのでした。荒唐無稽なドラマや漫画の主人公は、先の正解が見えているかのように選択を行いますが、実際の英雄とはこういうものだと思います。

ハドソン0


なにより、水面上への着陸の成功率は、ほぼ0%のようです。管制官の青年は、サリーが水上着陸に舵を切ってからというもの、凄惨な結果を確信し部屋に閉じこもったほどです。本来、避けてほしかった選択だったのです。
・・・ちょっと考え方が変わりました。
だからこそ、国家運輸安全委員会は、無感情に調査をしたのだと思いました。想像力に欠けた調査に憤りを感じはしますが、世論に流されず事態を検証する「冷静さ」は、時に大事なのかもしれません。どこぞのスキャンダルに感情むき出しで批判している人や、勇み足が過ぎてレギュラーを減らした長谷川某というアナウンサーとは違います。国家運輸安全委員会はあくまで「仕事」として、淡々と事実を求めているのみです。その結果を、今後同じような状況に陥ったパイロットのより安全な判断の糧とするために。

飛行機は、車よりも安全な乗り物です。しかし、航空機事故が途方もなく悲惨に感じられるのは、結果の惨状もさることながら、墜落するまでの「恐怖の時間」があるからです。この「時間」が、機内の人々の恐怖心を際限なく想像させます。
本作では、その「時間」をリアルに再現しています。中でも、フライト・アテンダントたちの緊急時マニュアル通りの掛け声が、なぜか一層窮地を感じさせ、怖かったものです。
終盤の公聴会で再生されるコックピット内の音声もまた、恐怖心をつのらせます。機体が地上に近づき、警報音とともに繰り返される「フラップアップ」と警告する機械的な声。
恐ろしい。
だからこそ、見事に水上での着陸が成功した瞬間、乗客のみならず、その乗客の恐怖心と同化していた我々観客は、サリー機長に心から感謝したくなるのです。


  

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Posted on 2016/10/05 Wed. 00:51 [edit]

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