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スポットライト /正義は、「沈黙」しない。 

 スポットライト
 スポットライト
 (2015年 アメリカ映画)  85/100点


「人間性が優れている」ことを、当たり前のように重視される職業があります。
学校の先生、警察官、医師…
その最高峰ともいえる職業は、おそらく「聖職者」ということになりましょう。

本作で描かれるのは、その聖職者であるカトリック教会の神父が犯した性的虐待事件と、その罪を暴こうと奔走するアメリカ・ボストンの新聞記者たちの物語。

2001年に実際に起きた話の映画化です。
第88回アカデミー賞では、作品賞と脚本賞を受賞しています。

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なんたって、神様の元で働く「神父」が犯した罪だから、仰天スクープなのです。しかも、「淫行」は重いです。さらに、被害者は「児童」である上に、大人になってもなお残る心の傷を負い、時に自殺者も出るほど深刻なのです。

なぜ?

そんな罪とは、程遠い所にいるはずの人たちが、なぜ?

否。
「正義をふりかざす」職業にこそ、私はうさん臭さをいつも感じます。
政治家もしかり。学校の先生もしかり。他人から崇められるうち、知らず知らずに「尊大」さが沁み付いてしまった人の多いこと。下々の者が自分の言いなりになることに慣れるうち、徐々に「支配欲」も強まって。自分は他人より優れているという勘違いから自分を「特別視」し、気が付くと「常識」を失い、「犯罪」につながっていくこともあるのではないでしょうか。犯した後もなお、本人は気づいていないかもしれません。「オレが何か悪いことしたか? 大したことじゃないだろう」と。

「神父」とは、まさにその究極の立場たりえるのです。なんたって、神様の代理人ですもの。
誰が、彼らに逆らえるでしょうか。
その立場のみならず、「教会」という強大な権力の傘下に置かれた「神父」たちは、裁判所をも動かす鉄壁に守られます。「教会」はその存在を守るためならば、もはや正義をゆがめることさえ辞さないのです。常に「正義側」でなければならないという重圧もあるのでしょうけれど、まさに「いじめ」を認めない学校のごとく、「正義の体裁」を保つためならば、全てをなかったことにさえします。世間ではこれを、「腐敗」と言うのです。

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スコセッシ監督の『沈黙』では、ひどい弾圧にあった人々に対し、なぜ神は黙っているままなのかと神父(司祭)が悩みます。しかし、それで神の存在を疑うのならば、本作で罪を犯した「神父」や、隠ぺいを企てる「教会」がなぜ罰を受けないのか。そっちの方も甚だ疑問です。多くの人が問うたはずです! 神様、神様、あなたはなぜ黙っておられるのですかと!

kamisama.jpg
あ~? あんだって~?

そもそも聞こえてなかったんだ! っていう…。


で。

お天道様が許しても、オレたちゃ黙っちゃいられねえやと立ち上がったのが、本作の主人公たちだい! ベベンベンベン! さあさあ、お立合い! その男たち…、おっといけねえ女も一人いるってなーそいつらは、随分と粋なもんじゃねえか。神様に逆らおうってんだから驚いた! それでもってお立合い、こいつらがどんな得物で闘うのかと思いきや、持ち出したるや「新聞」だ。ベンベンベン! ペンは剣より強しってなーこのことだ!

で。

いち地方紙の「スポットライト」と呼ばれるコーナーの中で、新しい局長の命により、記者たちは「神父」による「児童への性的虐待事件」を追うのでした。

物語は、淡々と進んでいく印象です。淡々…、というより、じっくりと丁寧です。被害者への取材、協力的でない被害者弁護士への取材、教区の神父が掲載された年鑑の調査などなど、地道な取材活動を見せていきます。史実に沿ってそのままに、という感じです。頼もしいプロフェッショナルな取材のテクニックに引き込まれます。
だもんで。
派手なシーンはあまりないし、ドラマチックな展開も見当たりません。意外にも、思ったほど「教会側」の妨害工作とかはありませんでした。てっきり掲載を反対する上司とか出てくるのかと思いきや、最後までみんな気持ちがいいほどやる気満々です。9.11という大事件が途中で起こったために、記事の掲載が延期になるなどのハプニングはありますが、大きな問題ではありません。だからこそ、じわじわと事件に迫る過程には、圧倒的なリアリティがあります。「事件のむごたらしさ」もまた、切実に感じることができるのです。

取材を続けていくうちに徐々に明らかになっていく「事件の深さ」におののきました。
「性的虐待」を犯している神父の数が明らかになった時の、「絶句」 
言葉にならない衝撃が、記者たちを襲います。

けれど彼らは「沈黙」しません。やり遂げます。
「神」がやらなきゃ、「人」がやる。(『パトレイバー2 THE MOVIE』での荒川のセリフ)

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私は宗教に特別な思いはありません。神様が本当にいるとかいないとか、そんなことは宗教に必要とも思いません。大事なことは、「信じること」なのだと思います。「信じる力」は時に人の心を救い、時にその人に普通以上の力を出させることもあるのだと思うのです。その重要な役割を担っている「宗教」に、大きなメスを入れる行為は確かに重大な事です。記者たちの中にも、「ミサ」に通っている者がいます。身内に敬家なカトリック信者もいます。信じる対象である「教会」の闇を暴露することで、多くの人々が傷つくことになります。教会側の人間が言います。「小さな被害よりも、大きなものがある」と。しかし、そんな言葉に一ミリも動じず、記者デスクのウォルター(マイケル・キートン)が見事に突っぱねる場面がかっこいいです。「黙ったまま」の神様よりも、涙を流しながらつらい過去に向い、勇気を出して「声を上げた」被害者の方が、何倍も大事なのだから。そう言わんばかりのラストシーンが、とても感動的でした。

それにしたって神様は、こんな「神父」たちを何だって野放しにするのでしょうか。
神様、神様、いるんでしょうか。彼らに罰を与えてやってくださいよ。ねえ、ねえ、あなたは、神様なんでしょう!?

kamisama.jpg
とんでもねー。あたしゃー神様だよ!

っていう…。


  

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Posted on 2017/02/01 Wed. 21:33 [edit]

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