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64 前篇・後編 /この映画も、まだ昭和にいる。 


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 64 前篇・後編
 (2016年 日本映画)  79/100点


「テレビ局制作」「贅沢な役者陣」「前篇後篇公開方式」「泣きの人情ドラマ」 …これぞ、ザ・邦画大作。
というとバカにしたような言い方になりますが、結構面白かったです。意外なことに面白かったです。ホントに。予想よりは、面白かったんですって。


<結末には触れずに書いていきます。>

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一番印象的なのは、とにかく豪華な俳優陣。しかも、若手からベテラン勢まで実力派を揃えた堅調なキャスティングです。
佐藤浩一、三浦友和、奥田瑛二、綾野剛、椎名桔平、仲村トオル、永瀬正敏、瑛太、緒形直人、滝藤賢一、吉岡 秀隆…と、画面には常に「主演クラスの俳優さん」が登場しています。さすがの巧さ…安定感です。時々、腹に力が入っていないある女優さんにハラハラしますが、男性陣はがっちりとスキを見せないので安心します。おー、そこでこの人が出てくるかあ…、という意外性も楽しむ事が出来ます。

そんな中でも、とりわけ印象的だったのは、3人。
・県警本部警務部長役の滝藤賢一。
半沢直樹の気弱な銀行員でブレイクした滝藤賢一が、ここでは反対に恫喝上司を演じます。心底イヤな雰囲気で偉そうです。予告編にもあった「はやくやれよ、ウスノロ」と、佐藤浩一さえも凍りつかせる言葉を吐き、本作で一番楽しそうに演じてるなあと思わせます。

・昭和64年に娘を殺された父親役・永瀬正敏。
渋い…。人生に意欲を失って老け込んだ中年男がこれほど似合うとは。よほど元・嫁に苦労したのか…。
序盤に、娘を思いながら必死に身代金を運ぶ姿も、終盤での抜け殻のような姿も、どちらも泣かせます。佇まいだけで泣かせます。素晴らしい俳優さんなんだなあと心底思ったものです。

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・64を模倣した誘拐事件の被害者役・緒形直人。
久しぶりに画面に登場した緒方直人。そういう意味でも安心したり。彼の狂気をはらんだ目が、とても印象に残る怪演でした。こういうキャスティングって、実にワクワクします。

で。
他の人たちはというと、…まあ、いつも通りの感じでした。
安定感・安心感はありますが、新鮮さはありません。
佐藤浩一演じる頼もしい上司像っていうのは、もはやステレオタイプです。吉岡秀隆も、1ミリも違わず、吉岡秀隆です。

んで。
こんな豪華な俳優陣を配したおかげで、映画は、な ん と か 面白くなっています。
…そう。
実は本作には、面白くない部分も多いのです。それも、不快感に近いほど、面白くない部分が。
それは…
県警の広報である主人公・三上と、広報課のすぐそばの部屋に陣取る記者クラブとの争いが、実に気持ち悪いのです。
交通事故の加害者の名前を匿名発表する県警と、実名を迫る記者たちの争い。
警察の関係者が犯した交通事故を、偽りの理由で匿名にしようとする県警に不信感を募らせる気持ちも分かりますが、矢面に立っている三上に対するマスコミの恫喝は極めて不快です。その中心的である記者役の瑛太なんて、上手に演じれば演じるほど、瑛太を嫌いになるという損な役回り。その瑛太をもイジメる先輩記者たちなんて、総会屋かってくらい口汚い輩ども。今村大臣でなくたって、「撤回して出ていけ!」と怒鳴りたくなるでしょう。隠ぺい体質の県警と、異常なほどクレーマー気質なマスコミのどちらにもうんざりさせられ、その板挟みの中、次第に情緒不安定になっていく三上が気の毒でならず、大変腹の立つ観賞になるばかりです。(記者たちが三上を睨み付ける描写が過剰すぎて、本当にうんざりします)
おまけに、徐々に盛り上がっていく「昭和64年の未解決事件」に対し、この争いが全くもって邪魔でしかありません。原作通りなのか分かりませんが、もっと事件に集中してほしかった。偏った大義をかざすばかりで、ちっとも被害者のことを考えていない…という共通項以外には、何ら二つの出来事に相関関係が見いだせません。

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また、邦画大作らしいというと失礼ではありますが、残念な(テキトーな)描写が時折見られます。

中でも驚いたのは、吉岡秀隆のダミ声。あのシリアスシーンでまさかのコント。中居正広が出前を呼ぶたびに変顔してバレないようにしているという爆笑エピソードそのもの。しかも必要性も皆無。大事なシーンをぶち壊す演出に、首をひねりきって仕方ないです。

同じくコントっぽいと言えば、ラストに登場する「ひきこもりの青年」の動きもコント感丸出しで、笑ってはいけないシーンなのに、クスリとなって台無しです。

犯人を探し当てた方法が、完全に非リアルです。邦画は、時々不可思議な謎解きをやってしまいます。コナン君でも、「おいおい、マジかよ…」と顔をひきつらせるでしょう。執念の成果…という意味はよく分かりますが、それをキッカケにしたもう一押しの証拠が欲しかったかな…。

終盤の捜査で、とっくに警察を引退している主人公の妻が駆り出される意味が分かりません。映画的には少し意味がありましたけど、そのために、物語に余計な「不自然」が増えてしまっています。これも、邦画がよくやるミス(テキトーさ)だと思います。

よくよく考えてみれば、昭和64年に起きた事件という設定に、何か意味があったでしょうか。事件と天皇崩御の大ニュースが重なり、マスコミにもあまり取り上げられずに人々の記憶にならず、埋もれてしまった事件…という意味でもあったでしょうか? あまり映画からは、感じられませんでした。

そして最も残念に思うのは、やはり「泣いてばかり」の湿っぽさ。
予告編からしてそうです。最近の邦画の最も残念な部分だと思います。以前、「涙は映画の宝石だ」と題し、泣きシーンについて書きました。涙を見せるのはいいんです。見せ過ぎるからいけないんです。宝石だってこんなに放出されては、その価値が大暴落です。
とにかく本作では、ことあるごとに泣いてばかり。まるで自己啓発セミナーです。せっかく永瀬正敏が、秀逸すぎる泣き芝居を見せてくれるのに、もったいなくて仕方ありません。

そしてこれは個人的な考えですが、登場人物の設定がどこもかしこも暗い。主人公・三上の娘もまた行方不明という設定です。もう不幸の渦の中に放り込まれた人物ばかりです。見ているだけで人生が憂鬱になります。犯人が捕まっても、爽快感の一つもありません。新たな涙と不幸が生まれただけなんだもの。 
そうそう。無理やりバランスを取るために、「(反転で)三上の娘から電話がかかってきたような描写」が乱暴に挿入されますが…、少しはハッピーエンドっぽくなっただろーというテキトーな姿勢が見えるような気がします。「子どもがいなくなることが、親にとってどれほどのものか、刑事がそんなことも分からないのか!?」と叫んだ佐藤浩一ですが、本作スタッフにも言っといてほしいと思ったものです。

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ということで。

どこを切り取っても、「邦画大作」というエッセンスが滲みます。その枠から外れることも、飛び出すこともありません。映画の雰囲気に、やや時代遅れな匂いがするのは、そのためかもしれません。

ただ。
「後篇」の終盤には、事件解決への盛り上がりを確かに感じましたから、見応えのある場面もあります。
出来れば、マスコミ場面をカットして、前篇・後篇を一本にまとめていたら、傑作サスペンスになっていたとも思うのです。


     

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Posted on 2017/05/07 Sun. 18:27 [edit]

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