素人目線の映画感想ブログ

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※ネタバレがある時は、必ず<赤字>で標記します。

三度目の殺人 /容疑者や斉藤由貴の事を、決め付けちゃいけない。 


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 三度目の殺人
 (2017年 日本映画)  
 89/100点



素晴らしい映画でした。決して分かりやすい映画じゃないんですけど、本作の深淵を見逃すまいとのめり込んで観ていました。
さすがの是枝裕和監督最新作。

…あ、そうだ。感想の前に、ちょっとこちら…。


というわけで。

<できるだけ、ネタバレを避けています。結末には触れません。>


何度も言いますが、本当にいい映画でしたよ。

本作は、タイトルから「推理サスペンス」のようなイメージが湧きますけど、決して「分かった! 犯人は…」なんていう展開はありません。本作で描かれるテーマには、「司法」といった社会システムの問題の他に、「人は人を裁けるのか」「真実とは」といった観念的な側面があります。
正直、難しいです。
セリフ量も多めで、いつ、どこで、重要な発信があるか分からず、気の抜けない観賞になります。

派手な場面があるわけでもなく、ハッキリした結末を提示しないタイプの映画ですが、役者陣の芝居や演出が相当に良くって、退屈など微塵もありません。


弁護士:重盛(福山雅治)   
三度目の殺人1
だぁったらぁ、しけぇいだろおぉう。
ほぉんとぉおのことぉぉをぉ、はぁなぁしてぇくれぇよおおおうぉ!!
という予告編の芝居に、いささかの不安を感じた人がいるかもしれませんけど、…安心せい!
その甘ったるいセリフ回しさえ好印象になるくらい、福山雅治の芝居がいいです。容疑者:三隈(役所広司)と幾度も対峙する中で、物語的にも、芝居的にも、福山雅治がだんだん役所広司に引き上げられていくようでした。もちろん、是枝監督もまた、巧く引き出したのだと思います。

重盛は、エリート然とした雰囲気の男です。自分に自信があります。恐らく…、人を見下しています。
これは、『そして父になる』の時と同じです。

それにしても、福山はイヤミな男がよく似合います。やはり、羨望と嫉妬の入り混じった感情で観られる存在だからでしょうかね。彼を、正義ヅラした設定なんぞにしない所が、監督の心眼の賜物です。

彼は、真実よりも、「利害や都合」を優先する弁護士です。「真実はどうなるんです?」と訝しがる新人に、しぃんじぃつなぁぁん…「真実なんてどうでもいい」と言い放つのです。まるで、『リーガル・ハイ』の古美門研介を彷彿とさせます。

しかし彼は、次第に「真実」に興味を持ち始めます。もともとは素直な人なんでしょうね。「真実なんて」、「現実なんて」、と口走る人に限って、心の根っこでは、その逆を望んでいたりするものです。

容疑者:三隈(役所広司)   
三度目の殺人2
愛嬌があるかと思わせ、ひょうひょうとして見せたり、急に不安定になったり、怒りに震えたり、儚んだり、嫉妬にまみれたり、達観したり、男気を出したり…、「本性の見えない」やたら複雑なキャラクターを、名優・役所広司が見事に演じます。

もはや、役所広司なんて映画に出まくっており(隣の劇場では『関ヶ原』やってた)、一定のイメージのこびりついた役者なのに、こんな難しい役に説得力を持たせられるのだから、凄いものです。
ホントのようなウソのような、何ともしっくりこない証言を、上手に言うんだなあ。事件の経緯や動機を問われ、「あ…、ええ…、はい…」のニュアンスが、凄く巧いんだなあ。文字では伝わりませんけど。

彼の「真実」について、いろいろな解釈ができる映画ですけど、彼には深い「哀しさ」を感じました。もちろん、彼が「極悪人」である可能性もあります。しかし、「わたしはいつも裁かれる方だから」という三隈の寂しい言葉が、強烈に心に刺さりました。
そこに、「不遇な運命(人間性)」を背負って生まれてきてしまった「不幸」を感じるのです。

これ、古谷実の『ヒメアノール』(漫画の方)でも描かれていた「運命論」です。

三度目の殺人3


本作の最大の見どころは、7回にも及ぶ容疑者:三隈と、弁護士:重盛の接見シーンでの応酬です。
三隈が喋れば喋るほど、真実が、遠ざかっていきます。
でも、何か一つの言葉で、この状況がひっくり返るような気がして、画面への集中力はうなぎ昇りです。
セリフ劇で、この緊張感。
最後の接見なんて、まばたき一つもったいないくらいでしたよ。

さて。

本作では、「司法制度」の本当のところを垣間見せます。検察官役の市川実日子がまた、いいです。裁判官も。みんな、リアルな芝居を見せてくれるから、観ていて本当に楽しい。

私も、一度だけ裁判を傍聴したことがあります。
一番印象的だったのは、裁判官と弁護士との次の日程決めでした。「裁判」というと、何だか厳かなイメージだったんですけど、「いつにします~?」「その日、ちょっと厳しいですねえ」「あ、じゃあ、この日とかは…?」 裏でやれよと思うくらい、事務的で面白かったものです。

「司法」なんていう高みにある世界に関して、「何となく、ちゃんとやってくれてるんだろうなあ」というイメージがあります。けれど、それは閻魔様の裁きではなく「所詮は人間の仕業」です。ゆえに、無害な日程決めエピソード程度ではなく、もっと悪い方の「人間臭さ」があっても、ちっとも不思議ではありません。

本作は、その深刻な部分を描きます。
慎重であるべき所で、司法の機能不全による「人間臭さ」をさらけ出すのです。


三度目の殺人4


ということで。

本作は、「人が人を裁けるのか」というテーマに迫ります。
それは要するに、「真実を、どうやって判断するのか」ということでもあります。
そもそも、「真実に辿りつくことなんてできるのか」という提起でもあります。

真実の追及を軽んじていた重盛は、初めて「真実に向き合いたい」と渇望します。しかし、それをあざ笑うように、「真実」と「虚偽」を見極めることは難しいのです。それは、万引きの現場で涙を流した重盛の娘が、お芝居でした~と重盛に自慢する場面でも、見受けられます。

重盛が、三隅の本性に興味を持ったのは、彼ら二人に、「娘」という共通項があったからなのかもしれません。
それも、「娘」との関わりに「後悔」を持っている者同士です。
本作途中で、幻想として挿入される、重盛・三隅と、被害者の娘:咲江(広瀬すず)の交流シーン。彼らは、どんどん近付いていきます。

おまけに、接見室を二つに隔てているガラスに、二人の姿が重なって映し出される演出があります。そこで、被害者の妻(斉藤由貴)が娘にすがり付く不気味なシーンと、重盛と三隅の姿が一致して見える瞬間があります。
被害者親子と同じく、切っても切れない「共依存」になっているようでもあるし、まるで、同じ人間の精神の中で、二つの人格が闘っているようにさえ見えるのです。

このサイコな人間の空気に巻かれていく雰囲気は、黒沢清の『CURE』(こちらは、役所広司が翻弄される側)を思い出します。

三度目の殺人5


途中で振り落されそうになったり、少し大変な鑑賞でした。最後の辺り、「ん? …あれ?」と分からなくなりかけたのですが…
その刹那、最後の重盛の一言が強烈だったものです。それを聞いた瞬間、全てが腑に落ちました。「アー! そういう話だったのか!」と。

それは、観念的な収まりですけど、ずーーんと心の奥に沈み込むような重さがありました。

ついでに言うと。
これって、テーマ性は『哭声/コクソン』に似てませんかねえ?

果たして。

「真実」って、何なのでしょうか。誰が、決めるもんなんでしょうか。

まあ…、斉藤由貴の真実については、どうでもいいんですけど。ただ、本当にシンクロしてておかしくって。重盛のところの事務員が、「この人なら、やると思ってたのよー」だって。

本作のテーマを、見事かっさらった斉藤由貴なのでした。

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Posted on 2017/09/24 Sun. 01:25 [edit]

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コメント

 

はじめまして。

斉藤由貴は現実と かぶって ましたね。
あ、かぶらせた というべきか。、、いや、決め付けちゃいけない。

濃密な映画でした。

URL | きうじ #4cco6nV. | 2017/09/24 05:40 | edit

きうじ 様 

コメントありがとうございます。

まるっと被ってましたね。
ある意味、衝撃でした。

本当に、いろいろな示唆が散りばめられた、濃密な映画です。

URL | タイチ #- | 2017/09/24 09:07 | edit

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