素人目線の映画感想ブログ

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28日後… ひとすじの飛行機雲が見せた希望。 


 無題
 28日後・・・
 (2002年 イギリス映画)85/100点


さて、前回に引き続き、「ゾンビ」系映画の感想です。
ゾンビ系が好き、とか、ホラーが特に好き、というわけでもないのですが、ホラー映画には、素人目線から言って2種類あると思うんですよね。
「単にグロテスクさを楽しむ映画」と、「きちんと人間の心理を描いている映画」
ありえない極限の中で人間がどうなるのか、その心理面や行動面をきっちりシミュレートして作っている後者のようなホラー映画が私は好きです。
本作はまさに後者にあたり、監督はダニー・ボイル(「スラムドッグ&ミリオネア」「127時間」や、今年のロンドンオリンピック開会式の演出をてがけた第一級の映画監督)ですから、本作は、ホラーをあまり見ない人にもお薦めしたい、こだわりの人間ドラマとなっています。
(とはいっても、グロテスクな所は結構なグロテスクだが)

ちょっと話は逸れますが、今、花沢健吾の「アイ・アム・ア・ヒーロー」にハマってます。
日本のマンガですが、かなりの画力の、本格的な「ゾンビ」系の物語です。現代の日本社会の中で「ゾンビ」が溢れたらどうなるのかを、なかなかリアルに描いていて面白いです。
映画・マンガの醍醐味は、ありえない非日常が起きた時、「日常がどのように壊れるのか」、「その時人間はどのように動くのか」、「生存するためにはどのような問題点が浮かんでくるのか」を、空想の中で試せるところだと思います。
この漫画を読んで震撼したのは、漫画の中で描かれるパソコン上の掲示板サイトに、「ゾンビ」の世界になったことをまるで楽しんでいるかのような書き込みが溢れ、福島第一原発の危機が生じた時の現実のネットの掲示板の姿とそっくりだったことです。
「この世界の終りの到来」をおちゃらけて楽しんでいるかのような…勝ち組と負け組が、ガラガラポンと平等になることを待ち望むかのような書き込みの数々。マンガと現実がまさに重なってしまったことに感心し、また恐ろしく思ったのでした。
 
本作でも、圧倒的な絶望感の中で、数少ない生き残った人々がもがいています。
もし、本当にこんな世界になったら…と、否応なく感情移入してしまうほど、人間が、その世界が、リアルに描かれているのです。

主人公のジム(キリアン・マーフィー)は、病院で目覚めます。
誰一人いない病院内。外へ出ると、人っ子一人いないロンドンが表れます。一体どうやって撮影したのか? と思うほど、有名なランドマークの場所にさえ誰もいません。
物語はここからスタートします。
ジムはこの後すぐに「ゾンビ」なるものに襲われ、同じく生存者であるセリーナ(ナオミ・ハリス)やその仲間の男に助けられます。
驚愕のシーンはすぐに訪れます。
仲間の男がゾンビに襲われて傷を負った直後、セリーナは容赦なくその男をナタで切り殺すのです。
ゾンビ映画のお約束ですが、ゾンビに傷を負わされた者はゾンビとして人を襲い始めるからです。
それにしても、同じ釜の飯を食った仲間に対しても「躊躇」というものがまるでありません。
自分が生き残るために「必死」なのです。
すさまじいサバイバル能力。続編の「28週後…」では、ゾンビウイルス(劇中ではレイジウイルスと呼んでますが)に耐性を持ち、ゾンビ化しない人間が存在するという設定が出てきますが、もしこの仲間の男がその耐性を持っていたらどうするのでしょうか。その場合、セリーナは大きな罪を犯したことになるとも考えられるのですが。

まさに、サンデル教授の哲学教室で話題になりそうな問題です。

教授「彼がゾンビ化したら自分の身が危ない。でもゾンビ化しないかもしれない。あなたならどうする?」
セリーナ「ぶっ殺すに決まってんでしょーが!」
         
そう、極限の中では議論など成立しません。成立するのは「平和」の時だけです。
セリーナの行動は、この世界ではもはや「常識」となっていたのです。
 
ジムとセリーナは、その後、マンションの一室で生活する父親とその娘と出会います。繰り返しラジオで流される録音放送を信じ、軍が拠点を置いてあるという場所を目指して4人は出発します。
 
途中で挿入される、スーパーマーケットのシーンは、本作唯一の「なごむ」シーンです。
誰もいないスーパーで、好き放題に商品をカゴに入れていきます。
元祖ゾンビ映画「ドーン・オブ・ザ・デッド」のオマージュともとれるシーンです。この緩急はいいですね。
観客にも、緊張のひと休みタイムとなっていますので、大いになごんどいてください。
この先、むっちゃくちゃ疲れるから。 
 
さて、途中で父親のフランクを失いながら、ジムとセリーナ、少女・ハンナの三人は、何とか目的地へ到着します。
ゾンビをけちらす重火器を携えた軍の生き残りが数名。
一見すると秩序だって見え、人類再建の計画も立てているようで、ああ…これで一安心だなあとなるところですが、これがまた…
歓迎会と称された夕食の時からして、何だか不安の種が巻き散らかされます。
男やもめにウジが湧くといいますが、なにやら粗暴な雰囲気の男たち。
言うなれば純文学読書会の人たちが、バリバリ体育会系の飲み会に参加してしまったような居心地の悪さ。
何か・・うまくやっていけそうにない人達だな…と瞬時に悟る3人なのでありました。
 
予想通り、ジムは部隊の長を務めるヘンリー少佐から驚愕の思惑を聞いてしまうのです。
「兵士たちは女に飢えてるから、女たちを彼らに与えてやって」
えー!?
日本では従軍慰安婦の問題がよく取りざたされますが、ロシアでもアメリカでも韓国でも中国でも、戦争(非常時)の影にある女性の悲劇は、世界中どこの国でも必ず勃発するのです。 

ここから、物語は「本当に怖いのは人間」という展開に変わっていきます。
そもそも、これまで「ゾンビ」と書いてきましたが、本作での「ゾンビ」とは、レイジ(狂気)ウイルスに感染してしまい人間本来の「凶暴性」が特化してしまった「人間」のことです。
ここには、人間の本性への皮肉がこめられています。
事実、無政府状態の兵士たちは、己の欲望のために先ほどの思惑を無情に実行しようと、まさに「狂気」をもってセリーナ達に詰め寄ります。
しかし、極限に立たされたジムもまた、セリーナとハンナを助けるために、まるでレイジウイルスに侵されているかのような「狂気」をまとい、兵士たちを次々に殺していくのです。
あんなに大人しかったトムが、いきなりゲリラのように自信満々に戦う姿はちょっとリアルではないのですが、火事場の馬鹿力というか、これも極限の「人間の本当の姿」なのかもしれません。
それとも…あれですかねえ。ここまでジムを変化させたのは、「セリーナへの愛」とでも言うのでしょうか?
守る者を持つ者の方が強い、という少年マンガ的な要素ですか?

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「下衆な欲」であっても「愛」であっても、人間は「闇の側に堕ちる」ことができるということなのかも?
 
余談ですが、この主人公の仕掛けた大混乱の中で流れるBGMはかなりの名曲です。
緊迫と絶望と、もの哀しさをこれでもかと盛り上げる印象的な曲です。(「キックアス」でも流用されてました。)

それと、物語の途中でジムが遥か上空を飛ぶ飛行機を見つけるシーンもかなり好きです。世界にはもう誰も生存者がいないのかもしれないと思い始めた矢先の「希望」に、ジムだけでなく、観客も思わず安堵すること間違いなしです。
ものすごく上空なので、飛行機はちっぽけにしか見えないのですが、たとえ僅かでも「希望」がないと人は生きられないということなのです。
 
その「希望」が、果たして結実するのかどうか。
本作は、ゾンビを配しながらも、実は「極限での人間」を描いた秀作の人間ドラマなのでした。
 

 

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Posted on 2012/10/10 Wed. 23:43 [edit]

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