素人目線の映画感想ブログ

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蜘蛛巣城 動かしたのは運命か、予言か。 


 無題1
 蜘蛛巣城
 (1957年 日本映画)85/100点


先日鑑賞した「CUT」の影響をもろに受け、少しずつでもクラシカルな名画を見て行こうと思っている今日この頃です。
そこで今回は、黒澤明監督のベネチア国際映画祭銀獅子賞受賞作品、「蜘蛛巣城」を見ました。
古い映画はあまり見たことがないとはいえ、実は黒澤明監督作品は結構好きで、そこそこ見ております。
黒澤映画って、やはりさすがと言うべきか、今見ても斬新さを感じさせる構図やダイナミックなカメラの動きがあったりして、古さをあまり感じさせないところが好きです。
伊達にスピルバーグやルーカスやコッポラやスコセッシらに、師匠と呼ばれてはおりません。
かつて黒澤明が世界の映画界の帝王だったとは、今の日本映画の状況からしたら、いつしか忘れ去られる歴史の偉業なのかもしれません。

さて本作は、シェイクスピアの「マクベス」を下敷きにしております。
原作とほとんど同じと言われるあらすじは、「合戦で手柄をあげた鷲津武時(三船敏郎)と三木義明(千秋実)は、城への帰路の途中に物の怪の老婆に出会う。『鷲津はまず北の舘の主となり、やがては蜘蛛巣城の主になる』と予言された鷲津は、半信半疑で城へ戻るが、予言通りに北の舘の主に任命される。蜘蛛巣城の主などは自分には不相応だと考える鷲津だったが、妻の浅芽(山田五十鈴)に蜘蛛巣城の大殿を殺してしまえと囁かれ…」というお話。


<ネタバレしています。>
 
 
冒頭、「蜘蛛巣城跡」と書かれた記念碑が深い霧に包まれ、直後に見事な「蜘蛛巣城」が姿を現すという、壮大かつ幻想的な始まり方を見せます。
この物語が、「物の怪の予言に惑わされる男」の物語であり、妖しげな雰囲気に支配された映画であることを示唆しているように思いました。
 
主人公・鷲津を翻弄する物の怪の予言は以下の通り。
1.「鷲津武時は、まず北の舘の主となり、やがては蜘蛛巣城の主となる」
2.「三木義明の息子が、鷲津の後に蜘蛛巣城の主となる」
3.「森が動かぬ限り、鷲津が戦に敗れることはない」
4.「三船敏郎はひどく過酷な撮影に怒り、黒澤宅へ散弾銃を持って押しかける(wiki調べ)」

                  
  
4番は映画内では語られていません。(当たり前です)
本作は、上記の3つの予言に従って進んでいくわけです。

     無題6
     (いわゆる、もののけ姫です)

 
なかなか古い映画ですから、フィルムの問題なのかセリフが聞き取りづらいのが残念でした。冒頭で、合戦の状況を伝達する兵隊の長いセリフが、全く聞き取れません。
いくら黒澤映画の活劇とはいえ、現代のアップテンポな娯楽映画の演出に慣れてしまった私のような者にとっては、やはり古い映画のテンポはゆったりに感じてしまうため、このセリフの聞きづらさもあって、序盤は退屈さを感じることもありました。
(序盤だけでも、日本語字幕を付けての鑑賞が望ましいです)

本作が俄然面白くなっていくのは、鷲津が北の舘の主となった後、妻の浅芽が暗躍し始める所からでしょう。
山田五十鈴、この頃恐らく30代でしょうか? 恐ろしいほどの貫禄です。これこそ物の怪の域。
この浅芽が、うじうじと行動を起こさない鷲津に、さまざまな計略を吹き込んでいくのです。

浅芽
「あんたねえ、三木さんが予言のことを大殿に話しちゃったら、あんた殺されちまうんだよ、わかってんの?」
鷲津
「えー。そんなことないと思うなー。だって大殿はオレのこと信用してくれてるもん」
浅芽
「何言ってんの! 自分の地位が危なくなったらやるに決まってんでしょ! だからさあ…やられる前に、とっととこっちからやっちゃうんだよ」
鷲津
「うーん。うーん。でもなあ、それって大罪じゃん。やだなー」
浅芽
「そんなの誰かに罪を被せればいいんだよ。それから、予言によると、あんたの次は三木さんとこの息子さんが主になることになってるけど、そんなのあたしは嫌だから、そっちも始末をつけるんだよ」
鷲津
「ええ!? やだよ、だって三木君はお友達だから-」


koomote.jpg浅芽「…やるんだよおぉぉぉ(怒)」

 
能面の山田五十鈴に迫られて、果たして逆らうことができる者などおりましょうか。おりません。
また、能を意識した山田五十鈴の無駄のない流麗な所作は、とても美しく、引き込まれます。
もちろん、三船敏郎の迫力の顔面もまさに日本人離れしていて、これが現在だったら間違いなく「テルマエロマエ」に出演しています。

     無題
     (大殿暗殺後、興奮からか、まるで動けない鷲津)


まんまと浅芽の誘導に乗っかった鷲津は、その後すぐに大殿を暗殺し、他の者に罪を被せることに成功。見事、蜘蛛巣城の城主に成り上がるのです。
しかし、予言によると、次の城主は三木の息子。つまり鷲津の天下は1代限り。…妻は、それを良しとしません。
鷲津は悩みます。三木は敵ではなく、むしろ気のいい味方なのですから。

予言があるばかりに、本来抱え込むことのなかった苦悩を抱えてしまったように思います。
三木の息子は見事に言います。
予言が当たっているのではなく、予言が当たるように動いているだけだ」と。
もともと心の奥にあった大それた願望を、予言を口実にして実現させようとしているだけではないか。
 
大殿を殺し、友さえ手にかけるまでに堕ちた鷲津は、哀れなほど精神を病み始めます。鷲津は、三木の亡霊を見るのです。
浅芽の壊れ方も怖かった。
何でも分かっているようで、何でも正しい方へ導いてくれそうな、頼もしい浅芽の精神崩壊は、さぞや鷲津をおののかせたことでしょう。
これは、予言に逆らおうとしたために降りかかった呪いなのでしょうか。
「嫌な血だねえ…。どうして落ちないのかねえ…」
ほんと怖いです。呪怨かと思ったくらいに。

     無題2
     (今年亡くなられた名女優の一人…山田五十鈴)

  
さて、終盤。
本作最大の見所。このシーンだけは、この映画を知らない人でも知っているという名シーンです。
鷲津に大量の矢が襲いかかる最後のシーンです。
蜘蛛の巣城に押し寄せる敵の軍勢を迎え撃つ鷲津は、「森が動かぬ限り負けない」という予言に安心し、味方の兵たちを鼓舞します。「森が動くわけねーじゃん」と。
その安心しきったところへの信じがたい光景。
森が動いている!!(実は、草木を盾にした敵のカムフラージュ作戦がそう見えたのでした。)
一気に味方の信頼を失った鷲津がいくら怒声で号令をかけようと、全く応じない味方の兵たちの静寂。壇上でスベり倒している鷲津なのです。
予言が当たるのであれば、「負け戦確定じゃん」 そう考えた味方の兵たちは、さっさと鷲津を敵に引き渡すことにします。
そして一本、また一本と鷲津に向けて矢が放たれ始めます。
まさか、この有名な矢の雨のシーンが、味方から放たれたものであったとは、意外でした。鷲津自身、本当に驚愕していました。
やはり一部の名シーンだけを見て、見たような気になっては駄目です。そこに至る経緯を知ってこそ、最大に活きる名シーンなのです。

     無題3
     (こ、殺す気か!)


特撮ではなく、本当に矢を放っていたという撮影秘話も有名ですが、見事に迫力があります。ドスドスドスと鷲津に向けて執拗に打ち込まれる無数の矢。いつ鷲津に命中するか予測できず、手に嫌な汗をかいてしまうシーンです。
鷲津のリアクションも素晴らしい。恐怖にひきつる名演技です。これが現在だったら、リアクション王になっていたことでしょう。

森が動くシーンも見事な表現で、全然チープさはありません。
今にない一流の芝居と人間の暗部をがっしりと捉えた物語。今見ても大胆に感じるカメラワークもあって、中盤以降は、ほぼ退屈さを感じることなどありませんでした。十分に今でも通じる傑作の活劇です。
やっぱり黒澤映画はいい!


 

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Posted on 2012/12/05 Wed. 18:32 [edit]

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